「カオルちゃーんッ!」
「げっ」
俺の顔を見るなり駆け寄ってきたのは、放送部4年の岡島水鈴さん。同じ班だったというワケではないけど、まあ、何て言うか、この人は真のアウトサイダーとかフリーバードとしか表現しようがない。
ステージMCとしての実力はピカイチだし、背の高いショートカットの美人で見栄えもする。何より、幹部だ流刑地だとそんなことは関係なく班の垣根も飛び越えたコミュ力。俺たち流刑地も水鈴さんにはお世話になった、んだけど。
「なーんで露骨にイヤな顔したかなー? 水鈴サン見逃さなかったよー」
「あ、いや、別に」
「別にィ?」
「正直に言うと、愛鳥週間に水鈴さんと会うとか嫌な予感しかしないです」
「よし、連行決定」
「あ〜…!」
正直にそれを言ってしまえば文字通り首根っこを掴まれ食堂へ連行される。俺は猫じゃないんすから、と言ったところで窓の外からピー子ちゃんを狙う不届き者の猫がいて、とスイッチを入れてしまうのだ。
水鈴さんはペットの文鳥をこれでもかと愛している。と言うか岡島家みんながこのノリらしい。親父さんがピー子ちゃんの爪を切るのに失敗して病院行きになったときには親父さんが食事抜きになったという話もある。
「ここしばらくで新たに溜まったピー子ちゃん動画の数々をねッ!」
「もっと違いの分かる奴に見せた方がいいと思うんですけどね」
「ノンノン、これがいつかプロデューサーとしてのお仕事にも生きるかもしれないじゃんッ!」
Pとしての活動に生きるとすれば、興味の薄い、違いもよくわからない動画を延々と見せられることに耐える忍耐力くらいだろう。もちろん、それを正直に言うことは出来ないのだけど。
動物を取り扱ったドキュメンタリー映画を見ることはあるんだけど、あれとピー子ちゃん動画はまた違う。どうせやるなら卵を産んでるとか狩りの様子とか、そんなのを見せてほしい。
「はあーっ……」
「カオルちゃん、まだまだあるよッ! バテるには早い早いッ!」
「他に付き合ってくれる人はいないんすか」
「逃げられるんだからしょうがないでしょーッ!」
「ほら、みんな逃げるんじゃないすか」
相変わらず隣で首根っこを掴まれたままの俺は逃げることもままならない。と言うか反抗的だと解釈出来ることを言う度に爪を立てるのは本当にやめていただきたい。だから俺は猫かっつーの。
「あっ、鳥のプロ! 山口! 山口こっち来い!」
「どうしたの朝霞クンから声かけてくるとか珍し〜っと、オジャマしました〜」
「逃、げ、る、な」
「あ〜捕まっちゃった〜、って言うか朝霞クン、首イタいんですケド! 爪刺さってる!」
「俺の首にも刺さってんだよ。お前がピー子ちゃん動画見るのに付き合うと返事しない限り力は緩めないからな」
「トンだ子猫チャンでしょでしょ〜……」
「あァ!?」
「痛い痛い痛い!」
山口が(半ば強制的に)付き合ってくれることになった。2人になったからと言ってこの苦行が変わるわけではないけど、分かち合える相手がいるに越したことはない。
言ってしまえば山口も文鳥動画の違いがわかる男ではない。強いて鳥に関する理解を言えば、焼き鳥を焼けるくらいな物だ。もちろん水鈴さんに羽を毟るとか鳥を捌くとかそういう単語はNGだけど。
「……朝霞クン」
「何だ」
「後で首手当てしてよネ、絶対血出たでショ」
「それは正直、スマン」
end.
++++
向島の愛鳥週間も似たようなことが行われてるはずなんだけど、血が出るまではいかないので星ヶ丘はやはりバイオレンスだと思う。
水鈴さんが出てくる度にピー子ちゃん愛が暴発したちょっとアレな先輩なのでそろそろ洋平ちゃん憧れのマスターオブセレモニーなところもやりたいとは思っている
何だかんだ朝霞Pは水鈴さんに手も足も出ない様子、現時点では。いろいろお世話になってるんだろうけど、どうお世話になってるのやら……