「ヒロ、最近どう?」
「普通」
ヒロが入院してから2週間が経った。聞いていた話によれば、食事療法を続けて貧血の程度を見て退院出来るかどうか決まるということだった。
もし順調にきているとするなら、もうそろそろ。そう思ってかけた声だったけど、退院のたの字も聞かれない。普通って。それってどういう……相変わらずヒロの言葉の真意がわからない。
「あれ、ノート増えてるね」
「なくなったから、朝霞に頼んで買ってきてもらった」
「言ってくれれば買って来たのに」
「同じのが良かったから」
「そう」
相変わらずテレビの前には本が詰んであって、その傍らにはノートも置かれていた。大学ノートと、絵コンテ用のノート。大学ノートが2冊目、絵コンテは3冊目だ。冷蔵庫にはプリン。
入院中は娯楽がないと言っているヒロにとって、本を読んで思考をまとめることや、サークルで作りたい作品のアイディアを描くことが唯一の楽しみなのかもしれない。
「松江」
「うん」
「俺、春学期捨てる」
「えっ」
「思ったより良くなくて、6月までに出れないっぽいから」
今日の顔色がさほど悪くないからか、その言葉が信じられずにいた。6月までに出られないから春学期を捨てるというのもまた極端だと思いつつ、次の言葉を待つ。
「貧血がさ、重い日は重いんだよ。今日は普通だけど」
「そう、だったの」
「だからさ、これ。煮るなり焼くなり好きにしてよ」
そう言って手渡されたのは、絵コンテ用のノートだった。中をパラパラと開いてみると、ヒロの作ろうとしていた作品のイメージがびっしりと書き込まれている。
それを手放すということの意味。サークル復帰も諦めたということなんじゃないかと。だけど、これをどうしろと。煮るなり焼くなりって。
「サークルに復帰出来るとしても秋だから、残り2ヶ月じゃん。2ヶ月で何が出来んの」
「2ヶ月もあったら――」
「松江、俺の2ヶ月は他の人の半分もないんだよ」
そう言われてしまえば、他に何も言うことは出来なかった。それだけ映像作品を作ることの難しさが圧し掛かる。映像は時間と体力の勝負。きっとヒロは、それに勝てないと自分の体を見たんだと思う。
作品のイメージは浮かぶけど、そのイメージに沿った物を作るにはといった部分。いつだってヒロは、人がまばらなサークルでも淡々と、黙々と作業を進めていた。
「何も、ヒロが全部やらなきゃいけないわけじゃない」
「何言ってんの」
「人の書いた構成を見るだけでも十分勉強になるし、これに沿って実際に作ることだって出来る。そういうことだから、完結してる2冊は預かってくね」
「好きにすれば」
それをどうしたところで止める権利もないし、とヒロはベッドに倒れこんだ。今日はもうしんどいから寝ると追い出されたけど、ノートはしっかり忘れずに。
思えば、真意がわかるわからないは別にして、ヒロがこうして自分の状況について話してくれることが新鮮だった。特に、しんどいといったような単語は。
もしかしたら、朝霞はヒロから何か聞いているだろうか。1回飛ばしてしまった定例会のことも気になるし、今度メールでもしてみようか。
end.
++++
長野っちのそれから。長野っちにはどんなこだわりがあるのかはわからないけど、使い勝手がいいと思ったものは同じものを使い続ける人なのかもしれない。
体の状態は思ったよりもよくなかったらしく、入院期間はもう少し伸びる模様。まあ、本はまだ積んであるだろうからね…!
と言うか密かに買い物を頼まれてた朝霞Pである。同じものが良かったとは言え同じ人に買いに行かせる辺り長野っちマジ長野っちである