3限が終わってサークル室に向かうと、入り口の前で何やら高崎が工作をしているようだった。口には、いつも喫煙所でするように黒い棒が咥えられている。違いはそれが煙草であるか、釘であるか。
「高崎、おはよう。何やってるの?」
「よう岡崎。見ての通り、日曜大工だ」
「うん、それはわかるんだけど」
言うよりも実際に見た方が早いな、と高崎は組み上げていた木の板をサークルの表札に提げた。その板には、極太の油性マジックで録音中と書かれている。特徴的な、丸みを帯びた高崎の文字。
放送サークルという性質上、番組やジングル素材なんかを収録するときの雑音には気をつけなくてはいけない。だけど、それもサークルに関係ない人には知ったこっちゃない話。
高崎が言うには、そういうのは仕方ないにしてもせめてサークル室に入ってくる人にはそれを踏まえて静かに入ってきて欲しい、との思いでこういう物を作ったらしい。
「まあ、パクリだけどな。向島にこういう看板があったから使えると思ったんだ」
「いいと思うよ。むしろどうして今までこういうのがなかったのか不思議なくらいだ」
「そんで、これはここだけの話だ」
「うん」
「結構薄く作ったつもりなんだけど実は箱になってて」
収録中と書かれたその板には下の方には指1本入るか入らないかくらいの穴があって、そこから高崎がパカッと開いて見せる。確かに薄いけど箱だ。よく見ると磁石や蝶番もついていた。厚さは2、3センチほどか。
人差し指を箱の中でまさぐれば、中からはこのサークル室の合い鍵がチャリンと落ちてくる。どうやら、この箱の中はとても細かい収納スペースになっているようだ。
「仕事が細かいなあ」
「結構頑張ったぞ」
「だろうね。でもどうしてわざわざこんな?」
「ちょっと前の休みに三井がサークル室に不法侵入しててよ」
「えっ、なにそれ」
「時間あったら雑記帳だのアナノートだの見てみろ、ありがてえお言葉が書いてある。でだ、合鍵の隠し場所を変えないのも問題だっつって伊東と話し合って現在に至る。ついでだから収録中の看板も作ろうと」
そんな事件があったことも初耳だけど、その容疑者の名前を想像するとそういうことがあっても全く不思議じゃないし、そんなことがあったのかと呆れざるを得ない。
何をしに来たのかはわからないけど、イクに関する物でも探しに来たのか、暇潰しだったのか。どっちにしても非常識な行動には変わりなくて、高崎もカズも怒りを通り越しているとのこと。
「あの野郎、遊びでやってんじゃねえだの放送に対する意識がどうだの、てめェに言われる筋合いなんかねえっつーの」
「高崎以上の化石だな。それとも懐古の気があるのか」
「菜月が言うにはアイツは1コ上と反りが合ってねえらしいからな。自分を甘やかしてくれる2コ上がいないと肩身が狭いんじゃねえか?」
「ふーん、まあ、言ったら別に興味はないけど」
「それな」
そして、高崎は箱の中に合鍵を戻した。鍵の隠し場所はサークルの人以外に口外してはいけないという決まりはしっかりと確認して。これから夏合宿に向かっていくし、他校の人が来るかもしれないから。
「でも、高崎って意外と細かい作業出来るんだね」
「お前さっきから人のコト何だと思ってんだ、化石だの細かい作業出来るのが意外だの」
「それはご愛敬ということで」
end.
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MBCC、ついにサークル室の合鍵の隠し場所を変える模様。ちなみにこの材料費は会計代理のいち氏に処理してもらうよ!
どちらかと言えば合鍵の隠し場所を作るというのが目的で、向島のパクリ云々は口実と言うかフェイク。
この時期は三井サンの暴走にみんな困らされているという体なので、それを受けてみんな団結すると思うと必要悪ではあるんだよなあ、悪とも一概には言えないけれど。