この時期は一応大学付近に戻ってくるようになっているらしいイクは、いつものように肉うどんを啜っていた。トレーの上にはいつもと同じ、海苔で巻かれたおにぎりもある。
「ん、ウノひはひうり」
「イク、相席いい?」
「いーお」
目いっぱい頬張ったままそう返事をして、イクはひとつ横の席にズレた。って言うか比較的言いやすい“ユノ”とすら言えてないし。
空けてもらった、より暗い方の席に腰を下ろして改めて箸を割る。俺のトレーの上にはいつもと同じ味噌ラーメン。美味しいか不味いかと言えば、可もなく不可もないそれ。
「イク、一味取ってくれる?」
「ん」
「ありがとう」
スピーカーからは、MBCC昼放送が流れている。今日が金曜日でないことはお察し。もし今日が金曜日であれば、イクは第1食堂なんかに寄りつかないだろう。
「ミキ飲みはどうだった?」
「うん、楽しかったよ。カズがロールケーキ作ってくれてたりして豪勢だったし」
「何でロールケーキ?」
「6月6日ってロールケーキの日なんだよ」
「ふーん」
イクとカズの誕生日は1日違いの6月6日と7日だ。誰かの誕生日は飲み会の口実となっているMBCCというサークルでは、この2日連続の記念日にイベントを起こさない理由はない。
ただ、カズの誕生日は彼女最優先だから飲みも基本後日開催だし、イクが絡んでいるからいつもなら率先して幹事をやる高崎がガン無視。6月上旬の飲みはカズが幹事のミキサー飲みが主流となりつつあった。
「ほら、1年のあの子。メガネの」
「タカティね」
「そうそう。あの子がめちゃ飲んでた」
「へー、強いとは聞いてたけど本当に飲めるんだね」
「ユノも来ればよかったのに」
「一応ミキサー飲みの体だからね、6月のそれって」
「アタシは別に高崎さえいなきゃ何でもいいんだけどね」
「――っていう割に会場はLの部屋で?」
お呼びでないその名前の住む真上の部屋でそういうイベントを開催するという意味だ。決して壁も床も厚いとは言い難い大学近くの学生アパートで。
案の定、賑やかに飲んでいると下から何やら衝撃が伝わりLがブルブルと震えていたとのこと。その場では何事もなかったそうだけど、きっと後からLはこっぴどく絞られたことだろう。ご愁傷様。
「それじゃあさユノ、これからサシ飲みしよ。いい赤あるんだ」
「ワイン? いいね。って言うかこれからって。俺まだ普通に講義あるんだけど」
「何限まで? 待ってる待ってる」
「講座もあるから5限まであるよ」
「――って遅っ! 5限とか終わんの6時前じゃん! 明るいうちから飲むのが醍醐味だってのに」
イクはご機嫌斜めだけど、俺の取っている講座は学部との関係がない割に結構本気の進路に関係するものだから3・4限はサボれても講座だけはサボれない。その辺はご理解いただきたいところ。
「大丈夫大丈夫、もうそろそろ夏だしそのくらいならまだ明るいって。難なら眼鏡外すし」
「アンタが個人的に眩しかろうがアタシには関係ないっつーの」
「それじゃあ逆転の発想で、明るくなるまで飲む? 俺明日全休だし支障ないと言えばないから」
乗った、とイクは大きな黒目を輝かせた。そして、何かを思い出したように左手がスッと俺の顔に近付き、耳に少しかかる髪を掻き上げた。耳が露わになり、冷房の風がスースーする。
「前やった傷、治った?」
「おかげさまで」
「耳フェチではないつもりなんだけど、どうもユノの耳は美味しそうと言うか」
「今度やるならせめて甘噛みに留めてよ」
「やるなと言わないトコが好きだわユノ。器のデカさがどっかの王様とは大違いだ」
イクとサシで飲むということはそういうことだ。ワインと出来れば生肉、それがイクのお気に入り。俺はと言えば、どうそれに向けて備えていくのかをそれとない素振りで考えるのだ。
end.
++++
育誕の後日談と言うか延長戦と言うか何とやら。育ちゃんとユノ先輩の組み合わせが何気に好き。
育ちゃんはお酒を飲んでいて気分が良くなると人の耳やら指やらにかじりつく習性があるとかないとか。
第1食堂なので味の方は食べられなくもないけど特別美味しいワケでもない。でも量の割に安い。美味しい物が食べたきゃ第2学食へ行こう。