たまに30分程度しか遅刻をしないと、早かったなと言われるのはそれ以上の想定をされていたから。俺の姿を確認すれば雑記帳を閉じ、菜月先輩は番組収録の準備を始める。
土曜日の午後2時、それが暗黙の待ち合わせ時間。行われるのは、火曜日の昼にオンエアされる昼放送の収録。去年の秋学期から何ら変わらない土曜午後の過ごし方だ。
「とりあえず、ちゃちゃっとやってしまうぞ」
今日の菜月先輩は普段より状態がいいのか、それこそ俺次第。家では音源がなくて準備が追い付かない部分を詰めて、いつでも行けるようにスタンバイ。
ちゃちゃっとという言葉の通り、今日は録音ボタンを押す前にパスを使うこともなく本当にちゃちゃっと30分番組を録り終えてしまった。本当に今日は状態がいいのか、それとも他に、何か?
「終わりました」
「お疲れ」
「お疲れ様でした。さて、気を取り直して」
「あの、何か」
恐らく、菜月先輩にとって今日の本題は昼放送の収録ではなく、気を取り直して始める話の方なのだろう。それが何かはまだわからない。
とりあえず、番組収録に使った物を片付けながら菜月先輩の話に耳を傾ける。時間はいつもに比べればまだまだある。と言うか、いつもならまだ始まってもいないくらいの時間だ。
「ノサカ、夏合宿の班が決まったそうじゃないか」
「あれっ、次回のサークルで発表しようと思っていたのですが。ヒロが喋りましたか?」
「いや、果林からメールがあったんだ」
「ああ、それで」
菜月先輩が気になっていたのは夏合宿のことだったらしい。確かに、今年の対策委員はいろいろお騒がせして先輩方に迷惑をかけまくっているからなあ。俺の力不足だ。
どうやら菜月先輩の元には挨拶メールが入っていたらしく、その送り主は菜月先輩が加わる班の班長、果林だ。そんな律儀なことをしていたのか。はっ、俺もそうするべきだったか!?
「まあ、何だ。つばめがアイツを引き取ってくれたという話も聞いたし」
「耳に入っていたのですね」
向島大学MMPが抱える夏合宿に関する心配事のひとつが、これ。インターフェイスをプロ志向の空気に戻そうとして初心者講習会から暴走を続ける三井先輩についてだ。
これ以上三井先輩にインターフェイスを引っ掻き回されては敵わんと、圭斗先輩と菜月先輩が夏合宿に参加していただけることになった、ところまでは確定しているのだけど。
「うちと圭斗は盾の役割を果たすとは言ったけど、班の活動にまで目が届かないのは事実だ」
「……はい、そうですね」
「何か起こった時の駆け込み寺とは言うけど、起こってからじゃ遅いなと思い始めて」
だけど、三井先輩に対する抑止力となり得る先輩を同じ班にすることは物理的に不可能。3年生を2人というのもだし、まさか向島の3年アナを同じ班に2人もぶち込めない。
菜月先輩もそれは去年の経験からわかっていらして、3年生の役割はあくまで有事の際の駆け込み寺であると再び説かれた。
「問題は、誰が三井のペアになるかだ」
「組み合わせ的には、青女の1年生の子になりそうなんですよね」
「女の子か、性格次第じゃマズいぞ。ベストはつばめなんだけどな、性格的に」
「三井先輩の相手をするときは、技術よりも打たれ強さですか?」
「その通りだ」
もっと言えば、打たれっ放しじゃなくて打ち返す気概が求められると菜月先輩は溜め息を落とした。いつも俺が番組収録に遅刻してきたときよりも、重く、深い溜め息を。
「ノサカ、何かあったら物理的にボコボコにしていいぞってつばめに言っといてくれ」
「それはさすがに!」
「草生やしながら否定しても否定のうちに入らないぞ」
今の2年生以下ならつばめかりっちゃんにしか出来ないことだと思ったから言うんだぞ。そう菜月先輩は笑みを浮かべられた。
「あと、よその女の子は惚れられる可能性もあるから気を付けろと」
「そっちの問題もありましたね」
「さて、三井の話はこれくらいにするか。まだ時間には余裕があるな。ノサカ、何か甘い物でも食べに行くか」
「ぜひご一緒させてください!」
「早く終わるとこんなにも有意義な土曜日になるんだな」
end.
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宇部Pからも三井サンと正面からやり合う許可をもらって、菜月さんからもボコボコにする許可をもらったつばちゃんに怖い物などなかった
30分程度しか遅刻をしなかったノサカである。うむ。「30分しか」なあ。うん、まあ、ノサカだから「しか」だよなあwww
3時半ごろにはもうサークル室を離れていたナツノサである。うん、待ち合わせ時間から1時間半ならノサカが来てないくらいの日もあるな……