「石川」
「ん?」
「ひとつ、お前に聞きたいことがある」
「自称今世紀最後の天才サマがまたどうした」
自称は余計だ、というところまでのテンプレート通りに進めたところで本題へ。どうやら、この住所不定男が珍しく外に出た時に気になったことがあったらしい。
「服には様々なデザインがあって然るべきだと思うが、オレにはどうも理解出来んことがある」
「デザインの分野は俺に聞かれても困るぞ」
「いや、大した話ではない。英語等の外国語がプリントされた服を着ている連中は、その意味をわかっているのかと思ってな」
「なるほど。そう言われれば」
リンの疑問はごもっともだ。ただ、得てしてその分野に疎い男が2人揃ってしまえば、あれは何なんだと分かち合うことしか出来ない。待たれるのは、それを得意分野とする救世主の存在だ。
言ってしまえば、そういうデザインなのだからと一言では片付けられる。しかし、もしそれがとんでもない意味だったりしたらどうする。外国を歩こうものなら撃ち殺されかねない。
「単語程度なら調べれば意味も分かるが、スラングとなるとな」
「胸元にヤリチンとかビッチってデカデカと書いて歩いてる奴もいるかもしれないな」
「お前の表現はともかく、地名にしてもそうだ。仮に胸元に星港と漢字で書いたTシャツなど誰が着るんだ」
「役所の職員ぐらいじゃないか?」
その話題で盛り上がっていると、音もなく美奈が現れる。救世主の降臨に、俺たちはさっそく先の疑問をぶつけるのだ。服にプリントされた意味をわかって着ているのかと。
すると美奈は、逆の事例を考えてみるといい、と呟く。逆の事例と言うと、外国人が漢字のプリントされた服を着ている、あれか。愛とか忍とか誠とか、そういう文字が印象にある。
「彼らが、本当に意味を理解しているかどうか、と言うよりは、意味を求める場所……漢字の意味を考える人もいるだろうけど、多分、わかってない人もいる……」
「漢字だからクール、そういうことか」
「並んだ文字列を、単語として捉えるか、パターンとして捉えるか……リンは、単語として捉えたから意味が気になる……パターンとして捉えたなら、意味はさほど問題ではない……多分……」
美奈はさらにこうも続けた。多少気になる言葉がプリントされていたとしても、ブランドイメージに合うのであればさほど気にはならないし、着ていく場所を考えれば問題ない、と。
「ただ……よっぽど気になるなら、一度翻訳してみるのも、手……」
「そこまでせんでもオレは無地の服ばかりだ」
「俺も割と無地が――はっ、これはつまり沙也の服を一度くまなくチェックしろと、そういうことなのか!」
「……気になるなら」
「どうする、もし挑発的なことが書いてあったら! それが原因で誘拐されでもしたら!」
「大袈裟だな」
今までは他人事としてどこか冷やかし半分でこの話をしていたけど、沙也に危険が及ばないとも限らないということが発覚して忙しい。こんなところで油を売ってる場合じゃない。
どうする、私は淫乱ですとか性奴隷ですみたいなことが書いてあったら。事件になろうがなるまいが事件だ。もしそんな服があったら即刻焼却処分しなければ。
「そういうワケだからリン、美奈、俺は帰る」
「沙也ちゃんに、よろしく……」
end.
++++
石川兄さんの表現が悪いのはご愛敬。美奈がそれっぽく聞こえそうな解説を入れてくれたのに兄さんはやはり兄さんである。
リン様の服は基本的に無地なんだけど、多分柄物はともかく文字入りの服が着れないのは意味を深く考えてしまうから。あとタートル以外を用意するのがめんどいのと。
仮にアレな服を焼却処分なんかした日にはその代わりの服を買って差し上げるのだろうか……イシカー兄さんならやりかねん