公式学年+1年
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「だから、黒だ」
「三毛だし!」
「黒」
「三毛」
「クロ」
「ミケ」
鵠さんと安曇野さんが、さっきからクロだミケだとケンカをしている。それを眺める俺は、どちらにも肩入れできずに歩きながらそれを聞いているだけ。
今日はゼミの課題で作るラジオ番組のためのフィールドワークに出るところで、拠点になっているゼミ室、正しくは佐藤ゼミが占拠している社会学部のスタジオから駐車場に歩くところ。
「高木、お前はどっちだと思う? 黒じゃん?」
「三毛! 高木、三毛だし!」
「えーと」
これはいったい何の論争なのかと言えば、限定的・局地的コミュニティにだけ伝わる緑ヶ丘大学の七不思議とか都市伝説みたいなことなのかもしれない。
緑ヶ丘大学というのは山を切り開いた広大な土地にいろいろな施設をぶち込んだ私立の総合大学で、まあ、言ってしまえばマンモス校。山の中だから、鳥や動物もよく歩いている。
学内ではよく猫が目撃されている。それぞれに縄張りもちゃんと決まっているらしくて、場所によって目撃情報が違うとか。で、ここで問題になっているのが幸運を呼ぶ猫の話。
見かけると幸せになる猫(具体的には危なかったはずの単位が取れた、など)というのが、鵠さんが入っているバスケサークルGREENsでは黒猫、安曇野さんの美術部では三毛猫と、人によって柄が違うのだ。
この2人は猫好きということで論争にも火がついている。俺はどっちかと言えば猫より犬の方が好きだし、本当に単位が取れるならあやかりたいけど俺が見かけるのはバス停近くを縄張りにしてる茶トラだ。
「佐竹さんはどっちだと思う?」
「うーん、どっちでもいいかな」
「そうだよね」
「あ、高木クンあっち」
「えっ?」
佐竹さんが指さした方を見ると、猫が3匹戯れている。大人が1匹と、子供みたいなちっちゃいのが2匹。3匹同時に見るのも珍しいし、何よりもその柄だ。
大きな猫は黒、小さい2匹は三毛。この猫の存在に気付いているのかいないのか、鵠さんと安曇野さんは相変わらず。俺と佐竹さんはそんな2人を後目にニコニコと目で語る。
「触れるかな」
「逃げると思うよ」
「あっ逃げた」
「ほら、高木クン言ったじゃん」
「そうだよね」
俺と佐竹さんの歩幅が猫につられて小さくなっていたのにようやく気付いた鵠さんが、足を止める。何かあった、と同じように足を止めた安曇野さんが振り向いた頃には、幸せの気配は跡形もなく。
「今そこに黒猫と三毛猫がいたんだよ」
「お前もっと早く言え!」
「ホントだし! 何でいないし!」
「触ろうとしたら逃げちゃった」
「お前か!」
幸せはこうも儚いものなのか。鵠さんと安曇野さんが背中で語る。がっくりと落とした肩は、どれだけその噂話がより真実味をもって伝わっているのかと。
「単位、取れるかなあ」
「高木お前何かヤバいのか」
「出席は別にまあ、よっぽど危ないってワケじゃないけどレポートかなあ。俺遅筆だし、書けても寝坊で提出出来なかったらアウトだし」
もっと言えばレポートに関しては猫の手も借りたいくらいだ。この猫がどう幸運をもたらしてくれるのかはわからないけど、スクラッチでも買ってみるべきかな。
「よし、じゃあ今日のフィールドワークは雨が降らなかったら猫の勝ちだし、雨が降ったら雨神様の方が強いみたいなことだな!」
「あー、それ。班の活動で雨降らなかったらすっごい幸せだわー」
「え、って言うか何で俺と猫の力比べみたいなことになってるの?」
end.
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目の前を黒猫と三毛猫が横切っていってな……これは鵠あずがケンカするヤツやんと思ったとかいうヤツ。
タカちゃんがレポート危機なのは今に始まったことではないのだけど、朝早く起きるためには……うん、まあ、部屋は綺麗にしておいた方がよさげ。
鵠さんとあずみんは猫好き。鵠さんは育った環境で、あずみんは……なんだろ、でも美術部のパソコンに自分の猫フォルダ持ってるくらいだよね!