例によって今日も遅れてしまった昼放送の収録が終わり、サークル室を片付けながらのこと。菜月先輩からかけられるお言葉。
「ノサカ」
「はい、どうか致しましたか」
「来週は最終回だけど、収録後、予定を空けといてくれないか」
「はい、わかりました」
言ってしまえば土曜日の予定は昼放送の収録以外には入れないようにしているし、入ってくる余地もないのだけど。予定を空けておけと言われてしまえばそれはもう喜んで空けさせていただきます。
「収録後と言いますと、具体的な時刻などは」
「それは収録後だ。そもそもうちらの収録時間ほど不確定要素もないしな。厳密には、お前が遅れる時間だけど」
「申し訳ございません」
お前がどれだけ遅れてくるかわからないから具体的な時間を決めることが出来ないのだと暗に(言うほど暗にでもないけど)言われてしまえば謝るしかできない。
来週の収録後に何をするのかが気になって仕方なかった。菜月先輩からのお誘いだけに、何であろうと嬉しいとは思うのだけど、疑問と不安も同じだけ募る。
「遅くても7時までには終わらなきゃいけないし、巻いたら巻いたで5時以降ということにはなってるから」
「ん? それは菜月先輩と2人で何かをするという予定ではなく?」
「何でそうなるんだ」
バカなんじゃないのかとローキックをいただいてしまえば、ますます謎は深まっていく。菜月先輩と誰かの間で話が進んでいるらしい。だけど、そうならそうで俺がいる意味というのは? 意味がわからない。
まあ、確かに収録後に菜月先輩と2人でどこかへ出掛けるデートのような予定なんて都合良く入ってくるはずもなかった。ここのところ大きなトラブルもないからって平和ボケしすぎだろ俺。
ケーブルを巻きまき煩悩を打ち消さんと戦っていた。断じて来週の収録後に菜月先輩と商店街を歩いたり科学館へ行ったり甘いものを食べたりするなんて妄想はしていない! 消えろ煩悩!
「普通に考えれば当然なのですが、俺なんかが出すぎた事を言ってしまい申し訳ございません」
「何がだ?」
「いえ、来週の収録後を、菜月先輩と2人で何かをする予定だと早とちりしてしまったことを、です」
「収録後じゃなくて収録自体が2人で何かをする予定だからな。今更特に言うことでもないだろう」
「いえ、どこかへお出かけをするのかと思い。荷物持ちかなあと」
「それも悪くないな」
そして菜月先輩は外していた腕時計を填め直し、今の時刻を確認する。俺が派手に遅刻をした割には早い。夕方の5時にもなっていないのだから。
「ノサカ、これから出掛けるか」
「ええっ!? まさか俺がそんなことを言ったから無理をなさっているのでは」
「ジャスミン茶のティーバッグが切れたんだ。どうせ外なんだから買い物を済ませたい」
「しかし、一緒に行くのが俺なんかでよろしいのですか」
「それが嫌だったら番組の収録自体土曜日とかいう辺鄙な曜日に設定しないぞ」
生きててよかったあああ! バンザーイ! バンザーイ! 尊敬する先輩で好きな人から嫌じゃないと言われるだなんて…! この喜びでしばらくは生きていける…!
ダメだ、油断すると涙が出そうになる。ただでさえ脆い涙腺がいつの間にこんなにもっと弱くなったんだ俺、ただでさえドラマで泣いて家族にボロクソに言われるのに!
「よし、片付けも済んだし行くぞ」
「はい! 荷物持ちでも何でもお任せください!」
「待てよ? CDラック……4階……組立……よし、決めた」
「はい?」
「ノサカ、うちで夕飯を食べていくといい。大したものは出来ないけど、作るし」
「ナ、ナンダッテー!?」
都合が良すぎて、どこかで仕組まれているんじゃないかとすら思う。だけど、せっかくの機会だし、今後何回あるかわからないし、罠だと思っても突っ込みますよね! これで死んでもハッピーだ!
end.
++++
有頂天ノサカの回。そして菜月さんはCDラックをノサカに運ばせた上で組立させようとしているらしい。
もちろん浮かれているのは心の中の話で、表面的にはいつものヘンクツ理系男を崩していないはずだよ! うん、そのはず……
菜月さんはオムライスを作ろうとしている模様。菜月さんは薄焼き卵で包むことが出来ないので自分で作るならタンポポオムライス派。