ふんわりと、おいしそうな匂いが漂ってくる。お世辞にも広いとはいえないサークル室だし今は夕方でちょうどお腹が空いてくる頃にこれは正直言ってテロだと思う。
おいしそうな匂いの元は、お花のカチューシャをしたハナちゃんが持ってきたトートバッグ。綿素材の大判の鞄には、ブレッドバッグと英語でプリントされている。
「おハナー! アンタまたそんな匂いさせてー!」
「果林先輩目が怖い! しょぼーん!」
「お腹空くから配給するか匂いを絶つか何かしてお願いだから! このままじゃアタシ死んじゃう」
「それじゃあ、パン食べたい人ー」
「はーい!」
元気よく果林先輩の声が響き、ハナちゃんの周りに人が増える。ハナちゃんのこれはMBCCの不定期イベントみたくなっていて、当然俺もくださいなと手を上げる。
ハナちゃんのバイト先というのが知る人ぞ知るパン屋さん。その関係でよくパンをもらってくるんだけど、これが本当に美味しいんだ。伊東先輩もバイト先の店名を聞いてビックリしてたし。
「ハナ、俺が好きそうなの何かあるか」
「高崎先輩はー、これなんかどうですか? コロッケパン!」
「おっ、いいな。サンキュ」
「ハナちゃん俺もー」
「カズ先輩、今日はチョコチップメロンパンありますよ」
「えっ本当!? それがいいな!」
「はいどーぞ」
「ありがとー!」
ハナちゃんがみんなの好みを少しずつわかってきてそれに合わせるように持ってきてくれているからか、この配給に対する満足度はとても高い。高崎先輩も伊東先輩もそれはもう素直に。
あまり大きな建物ではなくこぢんまりとしたお店だけど、人はひっきりなしに来るらしい。そんな中で形が悪くなった物や少し時間が経った(けど味に問題はない)物なんかをたまにもらって来れるんだとか。
――ということもあってハナちゃんの主食はパンになりつつあるらしい。本人が言うには、ごはんも好きだけどパンをもらえる日はもらった方が食費は助かるし、とのことだ。
「タカティはどれにする?」
「何が残ってるかな」
「これなんかどう? ウインナーロール」
「いいね、おいしそう」
「はいどーぞ」
「ありがとう」
みんなの手にパンが行き渡って、ちょっとしたおやつの時間。今日の昼はカフェテリアの鯛焼きだけだったからこれは本当に嬉しい。このウインナーを体が喜んでいる、気がする。
果林先輩も市販のパンとはやっぱり違うと満足そうだ。正直、果林先輩だけじゃなくてサークル室にいたみんながハナちゃんのカバンから発せられていた匂いの被害に遭っていたんだから。
「おハナ、カバンに隠れてる食パンは分けてくれないの?」
「食パンはダメです! これはもらったんじゃなくて自費で買ったハナの当面のご飯ですよ!」
「えー!? そんなのでやってけるの!?」
「ハナは果林先輩みたいにこんなのを一瞬で消せませんしー、しょぼーん」
パンがみんなの胃袋に消えない限り、まだまだこのテロは収まる気配がなさそうだ。食パンからもおいしそうな匂いは当然漂うから、もうしばらくは戦うことになるんだろうなあ。
「本当は食パン狙ってたのになー」
「果林先輩、足りないなら自分で買ったコンビニのパンを食べててください」
「これはこれ、それはそれ」
「いやいや」
end.
++++
ハナちゃんの小麦の誘惑回。この話のポイントは高崎も食べ物の前には素直であるということである。炭水化物オン炭水化物の男だからね!
しかしタカちゃんは安定のタカちゃんになってきているしで多分このウインナーが久々に食べた肉類じゃないかと推測されるのでエイジもっと入り浸れ
果林がパンを消す速さはもうマジック並。タネも仕掛けもありませんが私はこのパンを消して見せます、ムシャア