公式学年+1年
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「鵠さーん」
あー、気付かない。だよなあ、知ってた。この人だかりだもん、普通に呼んだところで声なんか届くはずもない。スイマセンスイマセンと人をかき分け、その背中を追う。
「鵠さん!」
「わっ、びっくりした。何だ、高木か」
耳元で叫びながら肩を叩いてやっと気付いてもらえる。今日は緑ヶ丘大学のオープンキャンパス2日目。結構な規模でやってるイベントで、佐藤ゼミの学生もスタッフとして参加している。
佐藤ゼミは学生に対するインフォメーション放送を担当している。簡単に言うと、次はどこの教室でなにをやるとか、次の体験に向かう列はあそこで作ってますとか、そういう案内放送。
2年生は班ごとに50分ほどの番組を作って、大学生活とは何ぞやみたいなことを高校生に紹介するというコーナーを持たせてもらっている。俺たち3班は初日の初っ端に終わってしまったけど。
それと言うのも、俺の安定の疫病神っぷりがここでも発揮されて、3班のメンバーは3日間フル出勤を命じられてしまったのだ。他の人たちは3年生でも1日だけの人の方が多いくらいなのに。
「で、何の用だ?」
「お弁当! 届いたから、手が空いたら食べに来てって!」
「わかった、サンキュー」
鵠さんは元々声の大きい方だから一生懸命声を張り上げなくたっていいみたいだ。まあ、そのおかげで先の番組ではマイクとの距離間とかゲイン調整という意味でかなり苦労したけど。
俺はこんなに近い距離なのに声を張り上げないと通じないなんて。柄にもないことをしてどっと疲れている。ただでさえ人混みは苦手なのに。携帯が鳴ってても気付かないもんなあ、バイブでもそうだ。
「お前は、メシ」
「俺はこの後果林先輩とのコーナーがあるから! それが終わったら食べるつもり!」
公開講義をやっている間はそうでもないんだけど、やっぱり講義の合間の空き時間が一番混雑する。そして、俺が果林先輩と持つことになっているコーナーはお昼のフリー番組だ。
昼休みの間は案内放送の必要もないし、基本的にみんな休憩してる。そんな、正直何をすればいいのか困る時間帯は場慣れしてるMBCCに投げとけみたいな風潮だ。
先生にどんな番組にしたらいいか聞いたけど、どうせ休み時間なんだし好きにしなさいと言ってそれ以上は聞いてもらえなかった。それなら言葉通り、好きにさせてもらおうと構成はかなり遊んでますよねー。
「ふーん、じゃあ俺もメシはお前と千葉ちゃんの番組終わってから食うわ、番組聞きたいし」
「えっ、聞くの!?」
「聞いちゃいけねーっつーのかよ」
「そうは言ってないけど」
「ほら、俺千葉ちゃんの番組好きじゃん?」
「初耳だよ」
「丼売りながら千葉ちゃんの番組聞こえてきたらわかるじゃんな、他の人だとそんな意識しないけど」
「へー」
意外と言ったら怒られてしまうかもしれないし、果林先輩の番組には不思議な魅力があるのは俺もとっくに知っていること。次の休み時間にはそれを思いっきり前面に押し出した番組にしたい。
「ねえ鵠さん!」
「ん?」
「一緒にブースまで行かない!?」
「何でだよ」
「俺は鵠さんの後ろについてくから、人をかき分けてくれるだけでいいよ! 鵠さんサーフィンやるし、波に乗るの上手そうだもん」
「波の種類がちげーじゃん?」
end.
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鵠さんに人波をかき分けさせて自らの疲労を最小限に抑えようとするTKGの暗躍である。
タカちゃんにはあまり声を張り上げるというイメージがないのだけど、人混み以外ではどういう場合に声を張り上げるのだろうか……
ちなみにお弁当と図書カードが大学からの謝礼で、3日間出て来た学生には500円×3日分の1500円分の図書カードになるよ!