サークル室の鍵が開いていたからそのまま中に入ってみると、タカシが一心不乱に練習をしているようだった。机の上にはきっとキューシートがあるのだろう。波を書いているようにも見える。
電気もつけていないし、よほど集中しているのだろう。声をかけるのはもったいないような気がしないでもないけど、一応俺の存在はアピールさせてもらおう。
「あっ」
「タカシ、暗いとこで物書いてたら目悪くなるよ」
「あ、伊東先輩おはようございます」
サークル室の電気をつけるとようやく意識が現実に引き戻されたのか、タカシはヘッドホンを外してぺこりと俺に控えめな一礼をした。ジャマしてごめんねと謝ると、「いえ」とまた控えめに。
「何の練習?」
「夏合宿です」
「もう始めてんの?」
「構成を考えてる最中で」
「誰と組むんだっけ」
「奥村先輩です」
「なっちさんかー」
もちろん、そんなことはわかっていて聞いている。性質が悪いとは自分でも思うけど、対策側にタカシをクセのあるアナウンサーまたは3年にぶつけてくれと頼んだという経緯もある。
対策側の利害にも一致したらしく、タカシは無事になっちさんと同じ班になって現在に至っている。話を聞いていくと、なっちさんは固定概念に囚われない番組をやりたがっているそうだ。
果林が班長として率いる4班は、それこそノリのいいメンバーが揃っているんだと思う。普通は一般的な番組構成をぶち砕きますなんて言われたら反発もあるだろうけど、それが全くなかったとか。
それどころか、どんな番組になるんだろう楽しみだなあとみんな積極的に意見を出したり練習したりしているそうだ。タカシ以外の1年生も、カリスマとなったなっちさんの姿勢に学ぶ物は多く。
「BGMや構成のことは俺に一任されてるんです。どこでどうフェードするとか曲に入っていくとかって。俺の構成をベースにして班全体のビジョンを決めていこうかって」
「おお、タカシ大役じゃん」
「なので、フェードのアイディアを出すのと練習をしてました」
「いい心がけだよ」
こういうのはアリですかね、と俺が来るまでに出していたアイディアを聞かせてくれる。だけど俺はそれを聞くだけ聞いて肯定も否定もしない。技術的なことで言えることは言うけど。
俺にいろいろ聞かせてくれる中でも新しいアイディアが浮かぶのか、思いついたことをメモしながら組み立てている。タカシの初期衝動、ファーストインプレッションは紛れもない武器だと思う。
上手い下手ではなく面白いか面白くないかで言えば間違いなく面白い。なっちさんの求めるものはそれ。何より、タカシの暴走じゃなくて班全体の動きなのがいい。
「タカシ、夏合宿の番組作り、楽しい?」
「はい」
「そう。それならよかった。俺も合宿出るからあんま聞くとネタバレになるし、あとは一人で頑張れ。本番楽しみにしてるから」
「はい。ありがとうございました」
再び一人籠もった練習に戻ろうとヘッドホンに手をかけたタカシに、思い出したことを伝えておかなくてはいけない。
「あ、そうだタカシ」
「はい」
「番組のモニター、誰よりも厳しく行くから覚悟しとけよ」
「はい。よろしくお願いします」
――とか何とか偉そうなこと言っといて、俺自身がヌルい番組やってたらお笑いだ。俺もこれまでの経験と名前に甘えないでまたイチから練習するか。ミキサーは実践で鍛えられる物だから。
end.
++++
MBCCのミキサー師弟コンビのお話。いち氏は割と黒幕。職権濫用の激しい定例会委員長サマであります。
今のインターフェイスは初心者講習会を経てカリスマとなった菜月さんが「遊んだ番組にしたい」と言えばみんな「さすが菜月先輩だ!」となる世界である。
菜月さんがタカちゃんと遊びたいと思った理由は緑ヶ丘の作品出展番組なんだけど、その件もそろそろ掘り起こさないとなんのこっちゃだ