「あ、浅浦……俺はもうダメだ……」
「相川、大丈夫か」
「大丈夫じゃないから逃げてきた……ゼミは癒しだ」
ゼミ室に入ってくるなり相川が机に突っ伏している。この時期の相川が大学祭実行委員の仕事で忙しくなることは例年の動きから見てわかっているけど、去年の比ではなさそうだ。
大学祭の準備期間中だろうと授業が公欠扱いになどなるはずもない。たまに理解のある教授なんかはゼミの出席をおまけしたりするらしいけど。ちなみにウチの大内さんもそういう人ではある。
「ゼミが癒しとか言う時点で相当だな」
「ここなら大祭実行は誰もいないからな……ノートも出席も自分で何とかしなきゃ死ぬっつって追っ手を振りきってきた」
「壮絶だな」
「だからな浅浦、お前みたいにサークルもない、有志の活動もないっつー奴だ! お前みたいな奴が一般参加者として来てくれないと俺は……俺は…!」
「2日目は来るから泣くな相川」
「前夜祭から後夜祭までいろよ浅浦ぁっ!」
おーいおいおいと俺にすがりついて泣く素振りが始まった。これを俺にどうしろと。よほど大祭実行の活動が壮絶で、凄惨な現場になっているのだと想像するしか出来ない俺にどうしろと。
ちなみに2日目に来る理由は、高崎と宮林サンの陰謀で女装ミスコンに出るハメになってる伊東を冷やかすためだ。かなりの完成度になっていると聞くから、それを楽しみに。
「浅浦、お前に聞いても無駄だと思うけど聞いてみる」
「何だ」
「チョコ持ってないか。出来ればミルク、この際ダークでもいい」
「あるわけないだろ」
「知ってた。つか逆にお前が持ってたらそれこそ天地が返る」
大体、和菓子ならともかく洋菓子の類が苦手な俺にミルクチョコレートを求める相川も相川だ。知らないならともかく、それを知ってるのに。100%ないとわかっていて聞くなと。
「おはようございまあす」
「おはよう関さん」
「……浅浦クン、大変そうだねえ」
「ところで関さん、チョコ持ってる?」
「チョコはないなあ。って言うか、浅浦クンがチョコ?」
「あ、いや、俺じゃなくて相川。さっきから泣きつかれて大変なんだ。大祭実行ってやっぱ半端ないなと思って」
「チョコレートはないけど、バランス栄養食的なのならあるよお。クリーム玄米ぶらーん」
「マジすか!」
関さんの歌にガバッと起き上がって息を吹き返す相川だ。そして始まる土下座。お願いしますそれを俺に恵んでくださいと。言うまでもなく関さんは引いている。
「ど、どうぞお」
「ありがとう関さん、この恩はいつか絶対返すから」
「あ、あの……がんばってぇー」
関さんからもらったそれを涙を流しながら貪る相川の姿に、俺も関さんも一歩引いていた。それと同時に、どうしてそこまでの状態になりながらもそれを続けるのかという、疑問。
「この期間は、みんないっこの方向かってるだろ。大祭実行だけじゃなくて、ブース出してくれる人も、一般の参加者の人も。イベントの土台がブレブレだったらみんな楽しめっこないしな」
「意外とちゃんと考えてんだな」
「だねえ。見直したよお」
「そういうワケなんで、大祭に来てください楽しんでくださいお願いします!」
相川は大祭実行の活動から逃げてきたはずなのに、ここでその大祭に向けた士気が高まるなんて。このテの活動が好きな奴ってワーカホリック的なところがあるのかもしれない。
「関さん、2日目どこか一緒に回る? 伊東も冷やかしたいし」
「カズさん! いいよお」
end.
++++
アイカーサン、大祭実行のお仕事を逃亡したらしい。一応学生の本分は勉学という体なのでそれらしい理由にはなるのかもしれない。
浅浦雅弘が甘い物が食べられないと知っていながら何故ミルクチョコレートを求めたのか。藁をも掴む気分だったんだろうなあ
みなもちゃんは一応出版部の活動があるけど学祭の出版部は同好会時代の名残で同人誌即売会的な事になるので隠れのみなもちゃんは原稿もないし案外自由だったりする。