「どんなモンだ、リン」
「ふむ、大分合ってきたか?」
「うんうん、もうちょいちょいかな?」
ひょんなことから大学祭の中夜祭ライブに出ることになった。ブルースプリングという気紛れジャズバンドは、誰かがやりたいと思えば昼夜を問わずセッションをする日々だ。
元々2ヶ月あるかないかの準備期間だ。その中で曲を書いたり、セットリストにある曲を練習したり。なるようになるだろと春山さんは言うが、アンタは元々ジャズ畑の人間だからだろ、と言いたくなることもあった。
「あ、そうだ。タイムテーブルなんだけど、トリで30分もらっちゃったー、イエーイ」
「マジか。30分あったら結構イケるじゃないか和泉」
「そうだね」
「用意してたの全部やるか」
「いいね、やろうよ」
ブルースプリングの方向性はほぼほぼ言い出しっぺの春山さんの意向で決まる。そうでなければ春山さんと、ドラムの青山さんのノリで決まる。オレはそれを遠巻きに眺めるだけだ。
それこそ春山さんの言う「なるようになる」ではないが、そもそもオレは脅されている身だ。余計なことをしようものなら今後のシフトがA番で埋められる覚悟をしなくてはならない。それはゴメンだ。
「しかし、全部やると口で言うのは簡単だが、今から合わせるのか」
「どうした、天才サマらしくもない。ビビったか?」
「誰がビビってるって?」
「テメーだテメー」
「フッ、言っていろ」
「リン君も芹ちゃんもストーップ! 大丈夫大丈夫、出来る出来る」
「出来んとは一言も言っとらん。このオレ様に不可能はない」
セットリストは6曲になった。本来、もっと短いタイムテーブルを想定していたためにやるのは2〜3曲のつもりでいたが、練習自体は予備曲もやっていた。この程度、どうということはない。
「お前が書いた曲に関して言やどこの畑の人間だろうと関係ないからな。アレンジしつつだし」
「ま、そうなるな」
「楽しみだけどちょっと怖いねえ、だけどその怖さとか緊張がすっごいワクワクするね」
「合わせようとするんじゃなくて、演りながら合ってくるのを待つんだ。休憩がてら酒でも入れて2回戦と行こうや」
確かに、ガチガチに打ち合わせてどうこうというバンドでないことは重々理解しつつあった。それなりの音楽理論は持ち合わせているが、最終的にはなるようになるで済ませてしまう。
酒でも飲みながら止めどなく演り続けること。そうすれば力も抜けていい具合に合ってくるだろうということなのだろう。要らぬ緊張のない状態でひたすら反復。
「しかし、酒を入れるのはいいが今日は潰れないでくださいよ、春山さん」
「和泉に言ってくれ。和泉のペースに引きずられさえしなきゃ潰れないんだ私は」
「アンタが自制しろ」
「て言うかリン君も結構飲むよね地味に」
「まあ、それなりには」
「今度本気で飲もうねー」
「春山さんとどうぞ」
オレは青山さんに呑まれない自信はあるが、あいにく酒の席でなるようになれというのは危険すぎる。そもそも、音楽の絡まない場所でマトモに相手の出来る人間ではなさそうだ。
そんなことを思っていると、酒と芋持ってきたぞーと春山さんの声が威勢よく飛んでくる。その手には焼酎の瓶。これは地味に嬉しい。青山さんも目を輝かせ、俺にも俺にもとねだっている。
「和泉、待て! 待てだぞ」
「わんっ」
「よーしリン、かんぱーい!」
「いただきます。うん、美味い」
「くーっ、しみるねえ! リン、芋も食え」
「ありがとうございます」
「芹ちゃん俺にもー!」
「待て!」
「わん」
害にならない程度の酒を入れて、忘れぬうちに本題に戻るのだ。あくまで本題はセッションであり、音楽と向き合うこと。酒は飲んでも呑まれるな。まあ、オレは呑まれんが。
end.
++++
多少物騒なくらいがいいのは星ヶ丘だけではなかった。リン春も物騒なくらいがちょうどいいです。
久々にまともなブルースプリング。春山さんと青山さんが揃っているとなかなかぶっ飛びがちなのでこれくらいで収まってくれると御の字。
飲みながら自由にやるのがこの人たちのスタンスらしい。その方が何か気ままでいいんだろうね。