「洋平」
「な〜に〜?」
「あれ、何だと思う?」
つばちゃんの指さす先には腕を組んだまま目を閉じて微動だにしない朝霞P。果たして朝霞クンは息をしているのか、心臓が動いているのかを確認する勇気は俺にはない。
「生きてるのか死んでるのか、寝てるのか起きてるのか、瞑想なのか気絶なのか。新しいぶどう味のレッドブル賭けよーぜ」
「え〜、俺が賭けを好きじゃないの知っててふっかけてくるのはなしでしょでしょ〜」
大学祭に向けて日々ステージの練習に次ぐ練習。一に練習、二に練習、三、四がなくて五に練習。それは俺やつばちゃん、そしてゲンゴローの話。
朝霞クンの場合はこの三、四のところに台本の見直しが入ってくる。そして六に上との打ち合わせ、七は他の班長との打ち合わせ。などなど班長でPのお仕事は俺たちには想像もつかない次元。
「ほら、洋平見て見て」
「どうしたの」
「朝霞サン、ヒゲ生えて来てんじゃんね。家帰れてるのかな」
「確かに、家は誘惑が多すぎるとかいう理由でブース泊する人だからね、なくはないよね〜。でも、ヒゲが伸びてるってことは生きてるね、よかったよかった」
休息をとるには睡眠が大事。それは寝落ちとかそういうんじゃなくて自発的に取るということが大事なんだということをテレビか何かで見た。本当に寝なくても、1分目を閉じて意識を放すだけでいいと。
ただ、朝霞クンの場合そのまま戻ってこないんじゃないかとも思えてしまう辺りがね。それでなくてもこの期間は命の前借りをしながらステージだけに魂を燃やしてるから。
「アタシも、来年はこうなるのかなあ」
「――って言うのは?」
「でも、ステージをやれなきゃ、こうもなれないか」
つばちゃんの言葉から漏れたのは、きっと来期に対する不安。俺と朝霞クンがいなくなれば、ステージをやるのはかなり難しくなる。次の1年生が来てくれれば話は別だけど。
出来ることもなく宙ぶらりんになるくらいなら、どれだけボロボロになろうとやれるだけやって燃え尽きる方がいい。つばちゃんが朝霞クンを見つめる目から読み取れる羨望。
「つばちゃんなら大丈夫だよ」
「無責任に言うな」
「無責任ではないよ。確かにつばちゃんは幹部に刃向かって流刑地送りにされたかもしれないけど、あの時と今、そしてこれからじゃ確実に空気は変わってる」
「そーゆーモンかね」
「人は火に集まるんだよ。大事なのは、つばちゃんのココでしょ。ハート」
流刑地の班長っていうのはそういうモンだと思う。どんな逆境でも屈しない、熱い心の持ち主。立ち止まったり、振り向くことはあるかもしれないけど、絶対に諦めない人。それが俺の知る流刑地の班長像。もちろん、それを押しつけるつもりはないんだけど。
「……朝霞サーン、生きてるー?」
朝霞クンの左胸に突き立てられたつばちゃんの拳は、何を感じてるだろう。来期のつばちゃんとゲンゴローに光射さんことを。
「洋平」
「どしたの」
「心臓動いてるし、息もある」
「よかった〜でしょでしょ〜」
「寝てるのかな、瞑想かな。早く賭けろ」
「え〜、まだ続いてたのその話〜」
end.
++++
ステージ前の朝霞班、にしては壮絶さがあまりないのは鬼の目がないからかもしれない。束の間の休息。
やっぱり朝霞班での洋平ちゃんは、つばちゃんとゲンゴローに将来とか未来への希望を示して欲しいと思う今日この頃。
これを書いた時点ではぶどう味のレッドブルは新しい味だとインターネットで見たんだけど、朝霞Pは結局普通のに落ち着きそう。