「どうぞ、面白い部屋でもないですけど上がってください」
暗幕が引かれた部屋は薄暗く、ところどころに飾られた小さなオブジェがライトアップされている。理美容院の前でくるくると回るトリコロールカラーのアレを彷彿するのは遺伝子構造の模型。
壁のように聳える本棚は一人暮らしのそれにしては規模があまりに大きく、その中身も百科事典や図鑑など、1冊1冊が漬け物石か凶器になりそうな分厚さがある。
「しかしまあ、何という……」
「これはこれで、面白いには面白いですけどね。ある意味テーマがあって」
「あ、今お茶淹れますね。どこでも好きなところに座ってください」
パタパタと茶の支度を始めた後ろ姿に、川北が「出てくるお茶に目玉が浮かんでそう」とポツリ。さすがにそれはないだろうが、絶対にないとも言えん雰囲気のある部屋だ。
今日、バイト後に情報センターのメンツでやってきたのは烏丸の住んでいるマンションの一室。何か、話の流れで突撃だーと春山さんが意気揚々としていたのだが、その春山さんのテンションはだだ下がり。
「粗茶ですが」
「悪いなダイチ」
「わー、ありがとうございますー、緑茶ですねー」
「やァー、美味そうすわァー」
春山さん、川北、そして土田に茶が配られるが、オレの手元に茶が来ない。相手が春山さんならともかく烏丸だ。邪魔をしている身分で催促をするのも憚られるのだが。
「……川北、リンの茶に何が仕込まれてると思う」
「睡眠薬とかですかね」
「ユースケ、お待たせー」
「アー、オイシイナー」
「オイシイデスネー」
少し時間かかっちゃった、と言って持ってきたティーポットからは先の3人に出された物とは違う茶の香り。カップに注がれたのはミルクティーだ。
「ユースケをうちに呼んだ時のために茶葉とポットを買っておいたんだ」
「しかし、皆と同じでよかったぞ。わざわざミルクティーを淹れるのも手間だろう」
「わかった、次からミルクティーはユースケだけのときにするね」
確かに、わざわざ買ったのであろうこの紅茶は美味い。淹れ方もそれなりに調べてあるのだろう。まあ、美味いのだが、オレはミルクティー以外の飲み物を飲まんワケではないとは言っておこう。
「川北、リンだけのためのティーポットだぞ」
「烏丸さんて尽くし系なんですねー……」
「やァー、お茶美味しいスわァー。烏丸さんおかわりください」
「はーい、冴ちゃんどうぞー」
「あざーす」
部屋の雰囲気に呑まれているのか妙にかしこまっている春山さんと川北に比べ、土田は相変わらず自由だ。片手で茶を飲みのみ、聳える本棚のラインナップや回るオブジェを眺めていたりする。
周りに目をやると、遺伝子オブジェのほかにも化学式の模型がいくつかおかれている。ほう、これもDNAを構成するものだな。興味関心が分かりやすい部屋と言えば部屋だ。
「冴、楽しいか」
「楽しースよ。本の背表紙眺めるだけで時間潰せヤすし」
「土田の言うことにも一理あるな」
適当な本を手に取り、パラパラと開いてみる。しかし、部屋が暗くて文字は読みにくい。烏丸が言うところによると、本はデスクにちゃんと陣取って読むらしい。
その辺にあったカエルの模型に土田が触れると、パカッと開いて出て来るのは内蔵の模型。この感じだと他にも面白いものが出てきそうだとRPGのようにタンスなんかを開け始めるのだ。
本来ならこういうのは春山さんの担当だろうに、その春山さんは借りてきた猫のようにすっかり大人しい。その横では川北もちっちゃくまとまっている。烏丸はオレが手にした本の見所を解説してくる。
「俺、ユースケの部屋にも行きたいなあ」
「構わんが、面白い物は何もないぞ」
「おい聞いたか川北、リンの部屋に突撃だー!」
「アンタは絶対に入れんぞ!」
「おっ茶くっださーい」
end.
++++
情報センター@ダイチ宅。ダイチの部屋はなんか結構な雰囲気のある部屋らしい。一人暮らし勢の中ではカオス度高め。
リン様のためだけのティーポット……さすがにこれには春山さんもミドリもちょいちょい引いている模様。お茶に何も仕込まれていないことを祈ろう
仮に全員でリン様のお部屋に突入したとしたら、冴さんと春山さんのポジションが入れ替わるんだろうなwww