この頃は暑かったり寒かったり意味がわからない。いや、わかるけど意味がわからない。今日は少し寒い。サークル棟に着いて思うことは、何かあったかい物が飲みたい。
あまりの寒さに何故か購買でチョコも買ったし、あったかい飲み物と一緒に齧るチョコレートは格別だろう。ま、とりあえずサークル室に荷物を置いてからにしよう。
自販機のある談話室から出ようとすると、カカカツカツンと硬質な音が響く。階段の前には菜月先輩。音の正体は菜月先輩の履いているブーツのヒールか。
「菜月先輩おはようございます」
「何だ、ノサカか」
「そんなところで何を?」
「……何でもない」
そう言って菜月先輩はカツンカツンと音を立てて階段を上っていく。俺もそれを追うように1段1段歩を進める。MMPのサークル室は205号室。えっと、鍵、鍵っと。
「はー、疲れた。しかし今日は寒いな」
「本当ですね。9月下旬並みになったり平年並みになったり忙しいですね」
「飲み物でも買いに行くか……何でもいいからあったかい物だ」
「あ、そうだ俺も何か買うつもりだったんだ。菜月先輩、ご一緒します」
財布だけを持って今上って来たばかりの階段を下る。冷たい物ならともかく、あったかい物になると手ぶらで買いに出た方が、帰りのことを考えると安心だ。
「ひゃああっ」
「えっ?」
「あー……焦ったー……」
「あの、菜月先輩?」
「まだ階段が続いてると思ったら、平地だった。ったく、何なんださっきから」
階段が続いているという錯覚(勘違いかもしれないけど)がよほど尾を引いているのか、さすがの菜月先輩も動揺を隠せないらしい。何度も大きく息を吐き、落ち着かせようとはしているようだけれど。
その動揺からなのか、顔もどこか青白いような気がする。と言うか、さっきからって言ったよな。さっきも何かあったのか。思い当たる節は最初の出会い頭。
「菜月先輩、先程のことですが、何でもなくはなかったのではないですか?」
「先程?」
「行きの階段で会った時のことです」
「……階段を上るつもりが、段の高さを間違えたのかつま先が引っかかって転びかけた。それだけだ」
「確かに菜月先輩は何もないところでよく躓かれますが、今日はいつもと様子が違うように思います。菜月先輩、お体はどこも悪くないですか?」
「お前も姉さんがいるならいろいろ見聞きしてるだろう。野暮なことを聞くな」
「失礼しました」
「強いて言えば眠い」
――となると、それは女性性に関わる話なのだと考えるのが妥当。知識としてならないことはないけれど、見聞きの範疇をどうしても抜けられないのは致し方ない。
ソファに深く腰を沈めて何を飲もうか考え込んでいた菜月先輩にココアを勧めると、100円玉を手渡された。そのボタンを押し、もう一度同じそれを買う。今度は自分の分だ。
相変わらず菜月先輩は動く気配が見られない。動かないのか、動けないのか。紙コップとお釣りを先輩に手渡して、同じように俺も彼女の左に腰かけた。
「菜月先輩」
「何だ」
「野暮なのを承知で言わせていただきますと、今は特に初冬ですし、絶対領域が菜月先輩のファッションの基本とは言え脚を冷やすのはよろしくないかと」
「ウルサイ、ノサペディア。とうの昔に知ってる」
ん、と差し出された左手は、“立たせろ”の意味。深く沈んで体に馴染むこのソファからは、体が本調子であってもなかなか立ち上がれない。
右手一本で菜月先輩を引き上げた。けれど、掴んだ腕が離される気配がない。不思議に思いつつもサークル室に向かって行けば、突然ぴたりと彼女の歩が止まる。
「……今日の鬼門、階段ですね」
「ノサカ」
「はい」
「もしうちが足を踏み外したら、引き上げてくれ」
「その言葉の効力はいつまで……いえ、期限を設けられなくても先輩をお守りできるのであれば喜んで」
end.
++++
菜月さんは割と何もないところで躓いてバランスを崩すのだけど、反射がいいので転びはしない模様。
普段の菜月さんは間違ってもひゃああっなんて叫んだりはしないのだけど、それだけ素でびっくりした模様。ひゃああとか言いそうなのは……ミドリとか?w
客観的に見ればいちゃついているようにしか見えないナツノサである。ちきしょう圭斗さんに見られて報告されてしまえ