「これ……」
「ん?」
美奈から手渡された小綺麗な包み。誕生日だからと事情を説明されて納得がいった。ああ、沙也から今日は早く帰ってこいと言われていたのもそういうことか。
「開けていいか?」
「……どうぞ」
カサカサと包装紙を開くと、中から出て来たのはボールペン。ボールペンと言っても100円かそこらで買える物ではなく、長く使うべきいい物だ。
限りなく黒に近い濃紺の軸には金色でT.Ishikawaとネームが入っている。シンプルで、握った感もいい。試しにそこらの紙に試し書きをしてみたけど、文句なし。
確かにリンとは将来的にはいい筆記具を持ちたいという話はしていたが、聞いていたのか。まあ、聞こえるか。美奈の席は俺らと背中合わせだもんな。
「いい物だな、書きやすいし。ありがとう」
「どういたしまして……」
「でも、高かったんじゃないか」
「徹が思うよりは、いかない……」
このいい筆記具は勝負ペンにするべきか、それとも普段から使って手に馴染ませるべきか。こういうところが貧乏性と言うか、まだまだ思い切れない部分だ。
「徹」
「ん?」
「私は、そのボールペンを、筆記具と言うより、画材という意味で買った……」
「なるほどな。描けと。描き味を確かめろってワケか」
あれは中学の頃だ。丸1日をかけた写生大会でのこと。指定された場所の中であればどこで描いても自由。近場の公園や神社、海に行く連中なんかもいた。
ただ、校庭が指定範囲だったのをいいことに、校舎の屋上から臨む星港の街をひたすら描いていた。ビルが建ち並ぶ都心の風景を、ボールペンで。
当時から趣味で簡単なイラストは描いていたし、元々機械めいたものや剥き出しの配管や廃墟と言った物には興味があって練習はしていた。その結果だ。
それから、デジタル画材を手に入れるまではアナログ絵を、主な画材はボールペンで描いていた。自分で言うのも難だけど、結構描き込む方だと思う。
「久々に、徹のボールペン絵が見たくなった……」
「これから美奈の行動は裏を疑った方が良さそうだな。利己的と言うか、打算的と言うか。ボールペンの値段も絵が見たいがための投資だと思えばな」
「徹には、言われたくない……」
「ご尤も」
とは言え、ここしばらくはデジタルばかりだったし、いきなりボールペンで描けと言われても手や目がついてこないだろう。練習をさせて欲しいと訴えると、案外素直にわかったと首を縦に振る。
「でも、どうして急にボールペン絵だったんだ」
「画板を持って歩いてる子を、見た……」
「それでか」
「それで、徹の絵を思い出した……もし、徹の絵に……色が付いたら、って……」
デジタルで描いている今ではカラーメインでしっかりと色も塗っている。だけど、ボールペン絵で色を塗ることはほとんどない。色を塗らなくてもそれはそういう物として独立して主張するからだ。
どこか有機的なアナログならではの線の効果も多少はあるのかもしれない。だけど美奈は、その先を想像していた。俺が手を止めたその先を。誰が、どのように塗るかでも変わって来るだろう。
「美奈、描けたらコピーして、塗り絵にしてみるか」
「……塗り絵…?」
「例えば、俺だったら黒以外のボールペンで塗るかもしれないし、コピックで塗るかもしれない。だけど美奈なら色鉛筆かもしれないし、水彩かもしれない。どうなるだろうな」
「確かに、興味深い……」
「だろ」
「……私も、線画、用意する……」
「線画交換か。ちなみに、着色はスキャンしてデジタルでっていうのもアリか?」
「個人の自由……」
思いがけず始まった企画だ。線画提出期限までご丁寧に設けられて、かなり本格的な様相。だけど、もらったボールペンをずっと箱の中で眠らせておくよりはいいかもしれない。あの頃よりも、少しは上達しているといいのだけれど。
end.
++++
イシカー兄さんの誕生日ということで、今年は妹に絡ませないごくごく普通のお話。
イシカー兄さんが絵を趣味で描くようになったのも多分小学校の頃ではないかと推測されるのだけど、それはまた別の話。
そう、美奈の行動には裏を疑えというのもイシカー兄さんだからこそ導き出される結論なのかもしれない……言いたい放題の幼馴染みである。