「高木」
そう呼ばれて高木が声の方に目をやると、シャカシャカと音が鳴り翳されるケース。表には黄緑色で商品名が印字され、それを翳してポーズを取る菜月の表情は勝利者のそれだ。
「奥村先輩、それはもしかして――」
「そうだ。ライムミントだ」
菜月の翳していたそれはフリスク。ジャンルで言えば清涼菓子に分類されるだろう。菜月の中ではアナウンサー七つ道具のうちの一つにカウントされ、乗り物酔い対策にも使われる。
MBCCでもフリスクと言えば高木が隙あらばフリスクっつー感じでポイポイと口の中に放り込んでいる姿はよく見かける。片手でケースを開け、そのまま口の中に粒を放る動作はCMさながら。練習したらしい。
「つーかフリスクなんざお前らにとっちゃ常備品じゃねえか。何を今更」
「バカか高崎! お前はあの異常事態を知らないからそんなことを言えるんだ!」
「はあ?」
「高崎先輩、奥村先輩がいつも買ってたライムミントは一時的に商品ラインナップから外れてたんです」
「いつから復活してたのかは知らないけど、普段行かないコンビニに入ってみたら復活してたんだ」
「おめでとうございます」
おめでとうありがとうと固く握手を結ぶコイツらの価値観がよくわからない。まあ、食いモンに関するコイツらの価値観は独特すぎる。果林とはまた違う次元で意味が分からない。
そもそも今日は緑ヶ丘と向島の交流会で、今は前半の飲み会パート。クジで席を決めたまでは良かったんだけど、菜月と高木が隣合った瞬間鍋の具でこれは食えるこれは食えないと言った申し合わせが始まる。
同じ鍋を囲むことになった岡崎と律もこれには半ば呆れた様子で、逆食糧戦争――食えない物を徹底的に避ける戦いと、その結果余った物が残る俺らに押しつけられる飽食の時代を予感させた。
「ジュースもそう、お菓子もそう。コーヒーチェーンのフードメニューにしてもそう! うちの好きな物はことごとく消えていくんだ!」
「それは辛いですね」
「なら新しく開拓すりゃいいじゃねえか」
「バカか高崎! 好きな物を探すのも戦争だ! 食べられない率の方が圧倒的に高いんだぞ!」
「は?」
「ついにフリスクにも裏切られたかと思ったけど……フリスクは帰ってきた! ライムミントばんざい! ありがとうフリスク! shapens you up!」
「おめでとうございます」
偏食で好きな物が続々消えていくとか、普通に詰んでるじゃねえかと思う。思うけど言わない。それは菜月本人が一番理解していることだろうし、敢えて突っついて物理攻撃を食らうこともない。
その点高木は同じく偏食ではあるが、好きな物がどう足掻いても消えそうにないスタンダードばかり。無難とも言える。好き嫌いが分かれる物が好きな菜月とは対照的と言える。
「おっ、鍋煮えた。菜月器貸せ」
「高崎、うちは葉物と水菜、あと甲殻類NGで」
「俺はなるべくなら春菊NGで、この後来ると説明があった焼き鳥の内蔵系もNGです」
「ったくめんどくせえなお前ら」
「自分は柿がNGスわ」
「柿なんざこんなトコで出ねえだろ大概」
「俺も乗った方がいい?」
「岡崎は乗るな。収拾つかなくなる」
そして全員の元によそった鍋が行き渡れば、どことなく色味が違って見える。俺と岡崎と律の器は緑基調だし、菜月と高木の器は本人たちの希望で白基調。よく言う「葉っぱだよー」ってヤツか。
「律、確かこの後サラダ来るっつってたよな」
「メニューの絵で見る限り、どのサラダも生のトマトが乗ってヤすねェー」
ちらりと偏食どもに目をやれば、合図でもしたかのように手でバツを作っている。ったく。お前らなんざ果林と野坂に巻き込まれて食うモン根こそぎ消されちまえばいいんだ。
「はふっ、はふっ、鶏団子うまー」
「豆腐がおいしいです」
end.
++++
野菜など、菜月さんとタカちゃんが苦手とするものは高崎ら3人にもれなく流されるテーブルである。と言うか食糧戦争の人たちは菜月さんとタカちゃんには優しいからなあ……高崎の思惑通りには行かなさそうだ。
ふと入ったコンビニでフリスクライムミントの復活を知り菜月さん大歓喜だろうと思ったけど、MMPには理解者がいなさそうだなあと思ったのでTKG氏に。
ちなみに「葉っぱだよー」の被害には高崎もこれまでにいくらか遭っていて、菜月さんと食事の場で鉢合わせた者の宿命とも言えるのであった