目の前には絶望的な数字。いや、暖房と食費と、あとは何を削れば捻出できる数字だろう。
佐藤ゼミのゼミ合宿は、1年生もゼミの活動を体験するために参加することになっている。山のリゾート地にあるコテージのような研修施設で2泊3日の卒論発表合宿。費用が15000円。
もちろんその15000円というのは参加費用であって、現地で使う小遣いはまた別に用意しなければならないし、スキーやスノーボードをやりたい人はさらにレンタル費用なんかが掛かる。
「うーん、安くて量が多くて腹もちのいい食べ物はーっと……」
「とか言いながらブラックニッカをカゴに入れるから金がなくなるんじゃねーのかっていう」
「エイジ、2周目行こう」
「はいはい」
食事も、買って食べるよりは自炊で頑張ろうと。こないだ親から送ってもらった物資でまだもうちょっと頑張れるけど、それでも足りないものは出て来る。
俺1人で買い物してたんじゃ要らない物まで買っちゃうし、量もよくわからないから助っ人にエイジを。うん、やっぱり人の目があると思うと安心する。ブラックニッカは必需品だから買うけど。
「でもやっぱりコロッケとか肉とかもたまに食べたいなあ」
「節約するんじゃなかったのかっていう」
「まあね」
「どうぞー、いかがですかー」
スッと目の前に出て来たのはつまようじの刺さったハムの乗った紙皿。そうそう、こういうのでもおいしそうに見えてくるから倹約って難しい。
「――って」
「あっ、お疲れ様です」
「お疲れさまっす」
やっぱり近所だから、こういうこともあるんだなあと痛感する。えっと、確かこういう試食とかの仕事は“マネキン”っていうんだっけ。朝霞先輩とバッタリ。あれっ、でも1周目のときはいなかったような。
「朝霞先輩いつの間に」
「本当に今」
「そうなんですね」
「朝霞サン、ちなみに質問なんすけど、このバイト日給いくらくらいになるんすか」
「丸1日やれば8500円。ただ、俺はここから8時までだから4000円か。エージ、やんのか?」
「いや、俺はやんないっすけど、このバカが働きもしねーでゼミ合宿の費用を捻出するとか言ってやがって、どーせ土日なんかヒマなんだから派遣でも何でもいいから働けっつってんのにごちゃごちゃ言ってやがるんすよ」
なるほどなー、と朝霞先輩は金策の難しさに同意してくれる。聞くと、朝霞先輩もステージで忙しくてバイトに入れていなかった頃はレッドブルの費用を捻出するので精一杯だったと。
「高木君マネキンやるの?」
「あ、いえ、俺はさほど声も出せませんし奥様方と喋る技量もないので出来ないと思います」
「あー……そういや俺の次の仕事が人手を求めてたな。ところで、高木君って手先器用? 単純作業は得意?」
「そうですね、えっと」
「単純作業の鬼っす! 手なんか動きが早過ぎるわ器用過ぎるわ、ほっとくとどこまでも黙々と手遊びしてるっす!」
「ちょっとエイジ、何でエイジがそんなごり押ししてんの」
大体、テスト期間も近いのに仕事だなんて無理がある。細かい内容だってわからないし、と思ってたら朝霞先輩が丁寧に説明してくれますよねー。何でも、製品の吊り札付けの仕事らしい。
1日だけでも大丈夫だし、給料も月に2回とか4回とか、好きな払い方のオプションを選べるとか。そう聞いていくとなかなか悪くないのかもしれない。ただ、問題は給料だ。
「その仕事は1日6650円だね。交通費も出してもらえたら7000円ちょいか。でも1年生だし授業あるだろうから必然的に土曜日とかになるのかな」
「やります、土曜ですね」
「返事はえーな!」
「だってエイジ、1日だけだったとしても7000円あればダメージは軽減されるよ」
「そりゃそうだろうけどなあ」
結局、カゴの中にはスライスハム。パンに挟んでも、焼いて食べてもいいだろうということで。俺はと言えば、後のことは任せてという朝霞先輩の言葉を信じ、来たるその日まで倹約に励むだけだ。
end.
++++
あのTKGがついに重い腰を上げたのであった…! 出会いって素晴らしいね、あのTKGがそんな気を起こすだなんて。向島は雪か
タカちゃんの財政事情は残念なのが基本なので、いかにして倹約するか、と言うかいかにして酒代以外を削るかみたいなところが勝負。
そしてタカちゃんを真っ当な生活にぶん投げようとエイジがちょっと必死。さすが世話女房である