「春山さん、このクソ忙しい時に何を考えている」
「てっとり早く捌けるならここかなと思った」
「歩く場所もなくなったではないか」
「それはお前たちが分配して持ってってくれりゃあ解決さっ!」
決まった。そう言わんばかりのドヤ顔と、何らかの効果音を伴って突き立てられた親指が異様に腹立たしい。この繁忙期に本当に何を考えているのだこの人は。
事の発端は、事務所内を埋め尽くす無数の箱だった。それをせっせと運び入れているバイトリーダーさま。それがコピー用紙であるならオレも手伝った。しかし、そのような感じでもない。
ケースの側面には外国語が躍り、何やら写真がレイアウトされていた。これを見るに、箱の中身はプレッツェル。焼き菓子の一種である、あれだと推測出来る。
「地元の兄貴分がさ、押しつけてきやがって」
「この量をか」
「仕事がこういうのの買い付けなんだって。で、プライベートでの買い物のつもりが仕事モードになってたっつー感じで処理に困ってるらしい。ドジっ子にも困った困った」
「俺のサークルにもドジっ子はいますけど、規模が違いますねー」
――などと、淡々とコメントを入れる川北の順応の早さと言ったら。すでにそれをつまんでいるではないか。あ、おいしいですよーなんて、まったく暢気なものだ。
「まあ、金は取らないから好きなだけ持っていってくれ。人助けだと思って。リン、お前は初回5ケースがノルマだ」
「これ、1ケースに何袋入ってるんですか」
「10袋だ」
「50袋も食わんぞ」
「ナニ、適当にバラマいてくれりゃいい。ゼミ室に持ってくんだったら手伝うぞ」
「ゼミ室には多少持っていくが丁重に断る」
何をさておいて、場所がないのだ。繁忙期でなければまだ多少は猶予があったかもしれん。しかし今は繁忙期。スタッフもフル動員の上にコピー用紙なども事務所を埋め尽くす。
そんな状況でプレッツェルのケースがこの空間を埋め尽くしているというのは明らかにおかしい。そもそも、この量をここに持ってこようと思ったこの人がおかしい。いや、それは周知だったな。
「土田と烏丸はどうしたんですか、これを」
「冴はなー、動物的カンか知らねーけど休むって連絡を入れてきた」
「さすが土田だとしか言えんな」
「ダイチは味見させたら乾パンみたいで美味しいって言って何ケースかは持ってってくれるみたいだけど、まさかこれを主食にするんじゃないだろうなと若干不安になった」
「烏丸ですし、あり得ないと言い切れないところが」
確かに、乾パンもプレッツェルも広く捉えれば似たような物だ。烏丸のこれまでの話からしても焼き菓子であるプレッツェルを贅沢品だと捉えても何らおかしくはない。パンがなければプレッツェルを食べればよろしいのか。
「リン、お前からダイチにこれ以外の物も食うように言ってやってくれ」
「何故オレが」
「お前の言うことだったら聞くだろ」
そうこう話している間に、川北が一袋を完食したらしい。改めて茶を淹れ、すっごい口の中がぱさぱさしますねーとその感想を述べた。一袋を食べるだけでも腹は結構いっぱいになると。
日持ちするだろうし少し持って帰ってみますねーと川北は2ケースを取り置きした。持ち帰る量を自分で選択出来る連中は恵まれている。オレなど、問答無用で押しつけられるというのに。
「ところで春山さん、アンタは何ケース」
「……私の部屋の惨状を聞くか、リン」
「地元の兄貴分とやらは、アンタに何か恨みでもあるんじゃないんですか?」
「他の連中にも押しつけたと言ってたから、私だけが特別恨まれてるとかではないはずだ」
「……だとすると、相当な阿呆ですね」
「言ってやるな、悪い人ではないんだ」
これからしばらく情報センターがこの大量のプレッツェルに苦しめられることになるとは今はまだ誰も知る由はない。春山さんの遺産、または冥土の土産、そして呪縛は植え付けられたばかりだ。
end.
++++
やはり春山さんに一番困らされるのはリン様である。ミドリはかわいいし冴さんは冴さんだしダイチはダイチだから仕方ないね!
そろそろこれの季節がやってきました。情報センタープレッツェル地獄。春山さんのそれこそ置き土産で遺産になりうる量が置かれているらしい。
そして何かを察知して逃げる冴さんマジラブ&ピース