「あイテっ。いたっ、ここもやってるー、もー」
ザー、と水の流れる音が心地いいけれど、その間に混ざるちーの声が少し怪しい感じ。食器洗いをしながら指先とか手を気にしてるのを見ると、そういうCMかなって思ったりもする。
今日はちーの家にうちで作りすぎたおかずを持っていったらそのままごちそうになっちゃって、今は片付け中。手伝おうとしても、自分の家のことは自分でと心に決めているちーがアタシを流し台の前に立たせてくれない。
「ちー、手大丈夫? あかぎれ?」
「ううん、バイトでちょっと切っちゃってたみたい」
ちーは今、バイト先で大きな仕事を任されてるみたい。製品の吊り札付けの作業で、その仕事をするパートさんや人材派遣の人を取りまとめたり製品を確認したりする、現場指揮みたいな役割なんだとか。
ちー本人はあまり札をつけたりしないそうだけど、昨日は何を間違えたか、製品保護のビニール袋をセロテープで留めるという流れ作業の一番後ろの行程をやってみたって。楽しそうに喋るなあ。
「何でケース積む作業やるって自分から言ったかってさあ。ねえ。俺、細かい作業苦手なんだもん」
「知ってる」
「細かい作業に混ざっても足手まといになるってわかってるもん。それなら自分が活きる方がいいって思ったんだけどね」
キュッと水道を止める音。ちーの足音が後ろへパタパタ。止まることのない喋り声も同じようにちーのいる方から。傷に軟膏を塗りながら、仕事の話はまだまだ続く。
「セロテープホルダーってあるじゃんあずさ」
「ああ、あれね。かたつむりみたいな」
「そう、それ。あの刃のところで何回も指引っかけちゃってるんだもん、痛いはずだよ」
「あるある。引っかけるよね。でも、ケース積むのの他にちーの出来そうな作業はないの?」
普段は割と言い淀むところがあるちーだけど、仕事に関することは良くも悪くもキッパリと言い放つなあと思う。今のこの質問にも、ないもんと一言で。
最初に袋を留めてるセロテープをはさみで切ろうとしたら袋もズタズタにしちゃうし、ロックスピンを札の穴に通すのなんて針に糸を通すような話だとか。
「ゆっくりなら出来るよ? でも速さと正確さを求められるんだもん。早く次に回さなきゃ〜とかもうこんなに溜まってる、早くしなきゃ〜って思ったら」
「ちーって人が絡んでくると途端に何にも出来なくなっちゃうよね」
「団体行動に向かないとは言われる」
「でも、ちーが不器用でその作業が出来ないから現場を取りまとめる仕事に専念出来る、とも言えるかもね」
「そう考えるしかないよね。でも朝霞とタカティはすごいよ。手の動きが見えないもん。俺は何年かかってもあの域にはたどり着けないや」
ん? ちょっと待って。
「――って、朝霞クン今ちーのトコでバイトしてんの!?」
「毎日じゃないよ、日雇いの派遣だから」
「うっそ〜、朝霞クンいるんだ」
「そうだね。あ、あずさも来る?」
「行かないよ、アタシ春に向けた脚本書かなきゃだし」
「ならなおさらだよ。先生捕まえなくていいの?」
「鬼の季節は過ぎました。福は〜内!」
映画合宿で相当搾られたみたいだね、とちーは苦笑いを浮かべた。うん、こないだはホントひっどい目に遭った。もちろん得る物も大きかったけど、本当にヒドいんだよ放送部の元・鬼のプロデューサー様は!
「ちー、朝霞クンにアタシが今脚本書いてるコト、いいって言うまで内緒だからね!」
「粗方出来るまでってことだね」
「最終的には見せるけど、最初からああは出来ないし」
「ああ……うん、“ああ”だね」
「あと、朝霞クンによろしく」
「そこはよろしくするんだ」
end.
++++
ちーちゃんはどうやら不器用らしい。細かい作業が苦手な代わりに力仕事で頑張るよ! そしてその現場ではタカちゃんと朝霞Pがちまちまと吊り札付けの作業をしているぞ!
ちーちゃんも何気に朝霞Pとは違うタイプの仕事人間であることがちょいちょい明らかになりつつも、人が絡むと途端に何もできなくなるというウィークポイントもチラリ。
そして朝霞Pがふしみんの先生と化していることもしっかり知っているちーちゃんよ……いつの間に情報の共有が行われたのかはエコも知らない