「あっ、石川先輩こんにちはー!」
「やあミドリ」
例によって情報センターにやってきたのは暇潰し。ただ、学内は春休みで情報センターも閑散期。受付で退屈そうにしていたサークルの後輩も、俺が来た途端ピンと背筋が伸びた。
どうせ誰もいないんで事務所にどうぞーと招かれたその部屋は、異様な雰囲気がある。追いコンの話し合いの時にミドリが配っていた例のプレッツェルで要塞が築かれているのだ。
一緒にやってきた美奈も、初めて入る事務所に興味津々といった様子。ミドリが手際よくお茶の準備をしてくれるけど、いくら閑散期とは言え自由すぎないか。
「紙コップですいません」
「いや、お構いなく」
「あっ、プレッツェルでも」
「ゼミ室にリンが持ち込んだのがあるから大丈夫だよ」
ミドリに言われるままに俺はリンの席に、美奈は今日は非番の4年生の席に腰掛ける。暇潰しをしに来たつもりがミドリの暇潰しに付き合わされているような、そんな気さえする。
ミドリが言うには、今日も情報センター自体は開放しているけど、利用者が来ないらしい。B番で入っている奴も、今は買い出しに行っているとか。
「石川先輩と福井先輩が2人で来るってことは、林原さんに用事だったんですよね」
「アイツ今日非番なの?」
「あれっ、聞いてなかったですか? 昨日からインフル休みなんですよー」
「マジか。そんな場所に足を踏み入れてしまったからには俺も家に帰れないじゃないか」
「あの、石川先輩?」
「いつもの発作だから……気にしないで……」
昨日のセンターの状況を聞かせてもらうと、リンが帰った後でミドリ曰くインフルソムリエの4年生が事務所の換気をしたり掃除をしたり、除菌をしたりして忙しくしていたそうだ。
そこまでしてあるなら俺も家に帰って大丈夫だろう。この大事な時期に変な物を持ち帰りでもしたら、いくらワクチンを接種させてあるとは言え沙也が危ない。
「ただいまー」
「あっ、烏丸さんおかえりなさーい」
「あれっ、センターに新しく入る人の面接?」
「違いますよー、俺のサークルの先輩で、林原さんと同じゼミなんですよー」
買い出しに行っていた今日のB番担当が戻ってきたらしく、少し気まずい。新しくセンターに入る人の面接、か。確かにそれくらいの用事でなければ部外者が事務所にいるだなんてそうそうない。
するとどうだ、その男が美奈をじぃっと、穴が開くんじゃないかというほどに見つめている。当然、美奈も警戒している。ミドリはわーわーと慌てているけど、抑止力はない。
「お姉さん、ユースケとはどういう関係?」
「……え…?」
「わーっ! 烏丸さんセンターの外の人にそれはダメです! すいません福井先輩ホント何でもないんでっ!」
ミドリが慌ててその男を美奈から引き剥がすと、男はまだ品定めが終わってないだの何だのとわーわー騒いでいる。それをミドリが腕ずくで抑えているという、妙な光景。俺も美奈も唖然とする他なく。
「ミドリ、何なんだ?」
「烏丸さんは遺伝子とか生殖とかが専攻で林原さんのストー……じゃなくて大好きで林原さんの種をいかに残すかってことを普段から考えて林原さんの生殖行動を妄想してるような人なんですけど福井先輩に危害を加えたりどうこうするとかではないんで――」
「ユースケ好みのおっぱいかどうか」
「――ってちょっと烏丸さん! だから冴さん以外の人を触っちゃダメですってば! ホントすいません!」
わーわーと言い争いながら、ミドリはその男を自習室にぶち込んだ。「時給発生してるんだからしばらく出て来ちゃダメですよ!」なんて、廊下に響く声はおそらくレアだ。
「……徹、種って…?」
「そりゃ、種だろ。子孫だ」
「彼の行動を要約すると……私が、リンと遺伝子を掛け合わせるに値する女か、みたいなこと…?」
種。そして生殖行動。それすなわち。
「……野郎、次妙なことしやがったら叩きのめす」
end.
++++
もしかすると、狂気vs性悪のラウンドが始まるのか…!? リン様がインフルでくたばるあるあるのセンター冷やかしの件ですが、あらぬ方向に火種がががが
美奈でいかがわしいことを考えるとイシカー兄さんが黙っちゃいないよ! ダイチちょっとピンチ!
リン様と春山さんすら毒気を剥かれるミドリだけれども、もしある程度の期間行動を共にする機会があったとすれば毒の塊であるイシカー兄さんはどうだったのか、興味深いところ。