「あー、菜月だー!」
「おっ、誰かと思ったら」
やっぱり、緑風は狭いからすーぐこれだ。行くところがないから人が少ない場所に密集する。その結果、行く場所行く場所で顔見知りがいるなんてことはザラ。
今日会ったのは、青女の葎原礼音(むくがはら・れおん)。同じ3年で、青女のサークルでは確かアナウンサー。インターフェイスの活動には、出て来たり来なかったり。
「縦ロールはどうした? 一瞬誰だかわかんなかったぞ」
「今日は手抜きー」
「ああ、あれ、手で巻いてたんだな」
レオンと言えば、フリフリの服と縦ロールにした髪のふたつ結び。メルヘンチックと言うかロリータチックと言うか、見た目にはそっち方面の印象がある。ただ、今日は手抜きらしく、腰ほどまである長い髪を下ろしている。
「レオンもこっちに帰ってたんだな」
「だからー、レオンじゃなくてあーやーね」
レオンとは何気に家が近い。校区は全然違うし選挙区も違うんだけど道一本で繋がるし、車で10分くらいの距離。レオンの家は山の中……ちょっと名のある観光農園の方らしい。
レオンじゃなくてアヤネと呼べというのも前からだ。本名はレオン。ただ、男っぽい名前がイヤだという理由で公的な書類や場所以外では通称としてアヤネと名乗っているらしい。インターフェイスでも然り。
「悪い、ちえみのことも普通に呼んでたから、クセみたいなもので」
「ちえみは菜月だからデレデレなだけで、他の人にはあたしよりこっわいからね。あ、ここで会ったが百年目だし、写メってちえみ殺したいなー」
「物騒だな」
「いろいろ話したいし、カフェ入ろ!」
あれよあれよとカフェに連れられて、目の前にはカフェラテとチョコレートの入ったクロワッサン。ヒラヒラと歩くのは目立つのか、なかなか結構な数の視線が突き刺さる。星港だとそうでもないんだけどな。
そしてレオンはうちの隣に腰掛けて、自撮りモードでスマホを宙にかざすのだ。左手はがっちりとうちの肩にかけられていて、逃げるのはほぼほぼ不可能。なにこれ、女子大こわい。
「はい菜月、チーズ」
「ちょっ、レオンホント写真は無理だから!」
「じゃあ、顔写んないようにしよっか。ちえみならイヤリングだけで菜月だってわかるはずだし」
「あくまでちえみのラブ&ピースにこだわるんだな」
「初詣、ハブられた恨みは忘れてないからね」
「と言うかこっちにいたなら物理的に無理じゃないか」
はいチーズと間髪置かずに写真にされてしまった。うう……写真とか音声とか動画とか、本当にムリなのに。写真を撮られるとか、素っ裸で晒されるも同然なのに。大切なものを失ったような気がする。
「よーし、菜月の首筋ゲット! くたばれちえみー!」
物騒な声とともにレオンは例の画像を添付したメッセージをちえみに送ったらしい。すると、瞬く間にポコンとレオンに返信が入るのだ。
「よーし、ざまあちえみ!」
「ちえみ、何だって?」
「えーと、「お宝画像(はーと)、いやレオンお前ふざけんな」だってさ」
「本当に送ったのか……」
このメッセージのやり取りが、女子大の怖さを少し思い出させた。いや、悪い人ではないのは知ってるけど、MMPなんて目じゃないくらいのラブ&ピースの応酬じゃないか。
「あ、ちえみだ」
「レオン、何て?」
「うなじもよろしく、だって。あ、スタンプ発情してる」
「却下」
end.
++++
青女の初詣話でハブられた葎原礼音嬢、実家のある緑風でデビュー。で、緑風ならやっぱりこの人。菜月さんです。
ちえみとレオン、もとい、ヒメとアヤネは名前にコンプレックスがある組でケンカばっかしてるけどなんやかんや仲は良い。かもしれない。見た目はともにど派手。
菜月さんは写真に写るのがだー(中略)ーいっ嫌いです。撮るのは大好きだしパパラッチではあるんだけどなあ……