しかしまた、変わったメンツで冷やかしに来やがって。一応対外的には無難に“石川クン”をやってるけど、連中相手に石川クンの体裁を保てる自信がどんどん薄れている自覚はある。
おそらく主犯はリンだろう。美奈か、それとも情報センターのアイツ……確か、烏丸だったかのどっちかが後からくっついてきたと考えるのが自然か。変な組み合わせだとしか言いようがない。
「ねえすごいよユースケ! これ、自分で好きなの選んで取るヤツだよね! これはどういうヤツ? 甘いの?」
「これはもちもちとした食感が特徴で、店の看板商品だ。フレーバーは複数あるが、定番はハニーグレーズでコーティングされた物で、オレにはちょうどいいが基本は甘い」
「へー、ユースケにちょうどってことはあっまいんだね。うーん、もちもちには興味あるけど甘すぎないのがいいなあ」
「それでは、きな粉などはどうだろうか」
と言うか、アイツは本当に子供みたいなはしゃぎっぷりだな。見る物見る物が珍しくてたまらないといったような、そんな感じ。普通の大学生ならごく普通のドーナツ店にそこまではしゃぐなんてそうそうない。
リンと美奈と烏丸は下手な親子連れよりも親子連れのように映る。……いや、リンと美奈を夫婦として想定して例えているのも俺としては実に不覚なのだけれども。
「……お兄さん、おかわりをもらえますか…?」
「ただいま」
コーヒーのおかわりをもらいにきた美奈に、ゆっくりと状況を聞きたい気分だ。もちろん、俺はバイト中なだけにゆっくりと話を聞くなんてことは、もっと人が引かなければ難しい。
「美奈、どうしてこうなった」
「……元は、私とリンの画策……今、ミルクティーがおかわり出来るから……」
「まあ、そうなるって聞いた時点でちょっと覚悟はしてたけど。で、何でアイツがいるんだ」
「行ったことないから、行ってみたいって……」
「はあ」
チラリと連中の陣取る席に目をやれば、リンが手取り足取り烏丸の世話をしているのが見える。頬に粉を付けているのを指さして教えていたり、紙ナプキンを差し出してやったり。……これがあの強欲狐か?
「……彼と一緒にいる時のリンは、新鮮……」
「まあ、そうみたいだな」
「彼の何がリンをそうさせるのか、興味がある……まるで、父性が目覚めたか、年の離れた弟が出来たみたい……」
どうやらこの画策で一番得をしているのは美奈か烏丸のようだ。俺は冷やかされて癪だというのに。もう一度、席にチラリと目をやれば、狐がカップを掲げて目で訴える。はいはい、わかりましたよ。
「ミルクティーのおかわりはいかがですか」
「棒読みだな、店員さん」
「うるさい、冷やかしが」
「金は落としただろう」
「お兄さん、このお店すっごいね!」
「はい?」
「この丸くてキラキラしたのなんて、こんなに美味しいのに200円しないって本当にいいの!?」
確かに、“普通”の感覚からすれば、150円を超えるものは高いから手を出さないというのも珍しくない。コイツの言う“丸くてキラキラしたの”は180円ほどする。
その質問に対しては、上手いことやってこの価格を実現していると答えるに留めた。ミルクティーのおかわりを勧めれば、「おかわりして大丈夫なの? いいの?」などとまた質問責め。ただ、リンが止めてくれて事なきを得た。
「すっごいなあ、ドーナツ屋さんて夢の世界だね!」
子供のように言う素直な感想に対しては、そうだろうと同意出来る。俺はコイツをまだ完全に認めたワケではないけど、少しだけなら警戒を緩めても大丈夫そうか。
「ねえねえ、ユースケとミナさんてよくここでデートするの? ねえ、ねえ」
「……えっ…?」
「烏丸、やめんか」
前言撤回。やっぱ叩きのめす!
「いらっしゃいませー」
「お、化けの皮をかぶった石川クンだ」
「……擬態は、完璧ではない……顔が、ひきつっている……」
end.
++++
狂気vs性悪(ドーナツの人)のターン。何かがいろいろ間違って、リン美奈にダイチがくっついてきたらしい。
リン様がすっかり保護者ポジションに落ち着いてしまっているのだけど、情報センターじゃ普通でも兄さんと美奈には驚くような光景らしい。
どうやらダイチは甘すぎるものはあまり食べないらしい。好きではあるらしいんだけどねえ