「浦和はまだFAでの移籍先が決まらないんですか」
「FAって。上手いこと言ったねレオ」
「ウルサイ! 班の居心地が良くなったあんたらに何が分かるの、特にゲンゴロー!」
今日は部の自由活動日。来ても来なくても、練習したい人はすればいいし、みたいな日。そこでばったり会ったマリンとレオと俺の3人で立ち話が始まる。
マリンは柳井班から飛び出して現在は移籍活動中。俺はPとアナがいなくなった流刑地班で先の活動を模索中。そして、このレオだ。
所沢怜央(ところざわ・れお)。前髪で目が完全に覆われていて、表情があまり見て取れない。きのこ頭(マッシュヘアと言うらしい)のディレクター。旧日高班で、今も幹部の班にいるディレクターだ。
「私のつばめ先輩と2人きりとか! 調子扱いてるとコロスですよ」
「調子には乗ってないよ、2人だとステージが出来ないしマリンが班に来てくれたらって言ってるじゃない俺は」
「キーッ! もっと強く説得するですよ!」
「と言うか、浦和はその下心がいけないんじゃないですか」
「うっさい、アンタだって日高とかいう屑野郎がいなくなって清々してる癖に」
「その辺は多言しません」
俺たちは、それぞれの問題を抱えている。個々の能力を高めるための練習はムダにはならないだろうけど、それを生かす場が果たしてこの先で持つことが出来るのか。
「浦和の下心とは別に、俺は戸田さんを部で一番のディレクターだとは思ってるんですよ」
「当然! つばめ先輩がナンバーワン!」
「へえ、レオ、幹部の班なのにうちの班の人を知ってるんだね」
「別に、幹部とか流刑地とか、興味ありませんから。源もそうでしょう?」
「まあね」
「上手いディレクターが戸田さんだというだけです。うちの部は、慢性的にディレクター不足ですから。手本に出来る人もそういないんですよ」
無意識下で形成されているパートごとのヒエラルキーという物がある。プロデューサーを頂点に、アナウンサー、ミキサー、そして最下層にディレクターがいるというもの。
もちろん、そんなことはあってはならないし、どのパートの人が欠けてもステージなんて成り立たない。それでも、ディレクターは奴隷のように扱われることも数知れず。そんな事情があってみんなディレクターになりたがらない。
「俺も人がいないからという理由でディレクターにされたわけですし、好きでディレクターをやってる戸田さんは相当な変わり者だと思います」
「キーッ」
「前部長は特にD遣いが雑ですし、ステージの何を教えてもらえるわけでもなかったので居心地が良くなったのは浦和の言う通りで合ってます」
「あー、言っちゃった」
「俺はある台本をこなすだけですし、構成を自分で考えるわけでもないので誰がいるいないはどうでもいいです。浦和の行動力は凄いと思いますが、後先考えずにFA宣言は出来ませんね」
よその班でのディレクターの扱いは、朝霞班でのそれとは比べ物にならないほど酷かったようだ。そもそも、そうでなければつばめ先輩が越谷班に飛ばされることもなかったのだけど。
「日高班と比較すると、朝霞班はディレクターの扱いがいいですよね。Dも人権が尊重される時点で、Dには生きやすい世界だとは思いました」
「え、そこまで?」
「前部長は班員ですら名前を覚えませんし、口を開けば朝霞がー、朝霞がーばかりでしたから」
「キーッ! 朝霞がつばめ先輩の人権を尊重してるとかそんなのウソ! 日に当てるですよきのこ野郎」
「やめてください、眩しいのは苦手なんです」
思えば、よその班のことってあまり聞いたことがなかったんだけど、聞いてみるとまた新しい発見があるのかもしれない。自分の普通がみんなには普通じゃなかったり、その逆もある。
「レオは、Dってパートにはこだわりはないの? やれって言われたらアナとかもやった?」
「敢えてどのパートがやりたかったかと言えば、ミキサーかディレクターです。幹部の率いる班では、次の幹部候補でアナやPの枠が埋まってることがほとんどですよ。有能なのか、ただの腰巾着なのかはさておき」
「へー、そうなんだ」
「あ、それは宇部班もそうだった」
「でしょう。そもそも、日高班にいたのも成り行きなので。流されるだけの部活ライフですね、今のところは。浦和も、たまには波に逆らわずに流されてみたらどうですか?」
「FA浪人しろって?」
end.
++++
星ヶ丘の1年生もついに3人になり、1年生だけで話が回るようになりました。新キャラのレオはきのこ野郎とも呼ばれるみたいですね……w
そして今回は星ヶ丘のディレクター事情についても少し語られています。好き好んでディレクターをやっている人が変わり物と呼ばれる世界である。
もしかして、マリンも班を飛び出してなければ将来の幹部候補だったのか…? でもそういうことになるのかなあ。