「……野坂、エクトプラズムが出ているようだけど」
「聞いてください圭斗先輩、今の俺は生きているだけで精一杯です」
野坂が疲弊した表情なのは今に始まったことではないけれど、それ以上に少々悩ましい雰囲気を醸していた。学内で偶然会ったのも何かの縁だし、話くらいは聞いてやることに。面白いネタかもしれないし。
話によると、先日、菜月さんがお忍びで向島に戻っていたらしい。野暮用(と言うか就活の準備関連だろう)で大学に足を延ばしていたようで、そんな彼女と偶然会った野坂はその日彼女と食事をし、一夜を共に過ごしたらしい。
「誕生日にそれは、捨てる神あれば拾う神ありというヤツだね」
「菜月先輩のストレス発散とかで決して安くはない飲食代をごちそうになってしまったのが申し訳なくもあり」
「ナ、ナンダッテー!? 財布を見つけると集る菜月さんが奢っただって!? 何を食べたんだい?」
「鍋の食べ放題コースにアルコールも込みのセットでした」
「菜月さんに奢ってもらえるとかこれ以上ないレアケースだぞ。一生の思い出として大事にしまっておくことをおすすめするよ」
「ええ、それは当然なのですが、問題はその後です」
食事の後、菜月さんの部屋で野球の代表戦を見ながら飲み直すことになったのだけど、例によって菜月さんがやらかして野坂は解放されなかったらしい。終電はなく、陸の孤島状態で無防備な彼女が絡みついてくるのだ。
菜月さんの酒癖は悪い。絡む相手を間違えていれば今頃彼女はその純潔をロクでもない男に散らされていたに違いない。これは僕だけの評だけではなく、ムラマリさんとの会議においても満場一致でした。
「ごろごろ床を転がられるのでお腹がチラリと覗いてしまったり、元々の部屋着がショートパンツなので太股の加減がアレだったり、着倒してくたくたになったTシャツも彼シャツレベルで下手すればショートパンツを穿いてないようにも見えるもので……視線のやり場に苦労しました」
「……ご愁傷様。確認だけど、何もしてないよな」
「神に誓って。自分から先輩に触れたのは最終的に眠ってしまった先輩をベッドに抱き上げる際のみです」
「さすが野坂だ」
「ですが、菜月先輩は胡座を掻いた俺の内腿を枕代わりにうつ伏せ寝を始める始末! いっそ殺してくれと! 何度そう願ったか!」
胡座を掻いた状態で内腿を枕代わりにうつぶせ寝……どこに頭が来るのか想像しただけで気の毒で仕方がないね。腰にも手がかけられるわ、下に目をやればくたくたになったTシャツの首もとから色白な胸元が見えるわ。
理性魔神の野坂でも相当キツかったようだ。しかし、僕には到底真似できないね。野坂の理性には感服するし、尊敬するよ。僕なら相手にもよるけど絶対に――以下お察し下さい。
「確認だけど、“お前自身”の反応の程は」
「……堪えましたよ、先輩のお顔がどこにあると思ってるんですか、迂闊なことは出来ません。と言うか圭斗先輩、質問内容がいつになく突っ込んだところに」
「理性の生き物とは対極にあるとよく評されるものでね」
「はあ」
「菜月さん風に言えば下半身で生きるケダモノということさ。まあ、本能のままにコトを致す僕には考えが及ばないケースを勉強しておこうかと」
しかし、今回はいつも以上にヒドい。いつもはまだ笑える範囲だったけど、今回ばかりは野坂がかわいそうすぎる。僕から言っても効果は薄いし、ムラマリさんにも菜月さんに説教をしてもらわなくては。卒業前にこんな大仕事を頼むのは気が引けるんだけども。
「ちなみに、それを思い出して猛ってきたりは――」
「俺の浅ましい煩悩や欲望で先輩を汚すわけにはいきません」
「はー、優等生ってヤツぁー!」
「うう……しかしこのようなしょうもない相談を圭斗先輩に聞いていただいてしまったというのもまた申し訳なく……」
「いや、実に美味しかったしお前は気の毒すぎた。僕でよければいくらでも聞こう」
end.
++++
誕生日に殺される寸前のところを何とか踏ん張った英雄とそれを称える神様のお話。下世話な話はやっぱり向島の専売特許だと思う。
圭斗さんの中でノサカが理性魔神にまでクラスアップしたのだけど、なんかもうここまでくると褒めてないし2人ともいろいろと残念すぎる。
しかし最近はノサカの「ナ、ナンダッテー!?」を圭斗さんが横取りしてる率が非常に高い気がするよ! 本家はどうした!