「うたちゃんが大学に合格しました」
とあるサークル活動日、唐突に沙都子の報告から始まる。うたちゃんというのは妹の宇多子ちゃんのこと。高校3年生で、沙都子の報告によれば、今年から晴れて大学生になることが決まったらしい。
糸魚川姉妹は仲がいい。沙都子はちょっとお節介な部分もあるけど面倒見のいい優しいお姉ちゃんしてるし、宇多子ちゃんはしっかり者の妹で姉のフォローもばっちり。ただ、姉にはちょっと辛辣。ツンデレとも言うのか。
「へえ。うたちゃんどこに決まったの? 星大とか?」
「ううん」
――と、沙都子が言い放ったのはとんでもない大学。
「へー……って、あそこめちゃ偏差値高いトコじゃない!?」
「うたちゃんはそれっくらいの力がある子だから。で、向島からは出ることになったの。一人暮らしが始まるんだけどお姉ちゃん心配で心配で……」
こうなると沙都子の過保護は止まらない。まあ、妹の一人暮らしだし沙都子が心配するのもわからないでもないけれど。だけど、ちまちまと動き始める手元には、お手製のお守りがどっさり。
お守りの袋には「防犯1」とか「健康2」とかっていう刺繍がしてあって、中にはそのジャンルの豆知識が書かれた紙が仕込まれている。と言うか何個用意するつもりなのか。沙都子の持ってる生活の知恵を全部お守りに入れる前にうたちゃんの大学生活が終わると思う。
「お守りかあ。いいと思うよ、想いがこもってて」
「直クンがそう言ってくれてよかった」
「でもこの量は重いでしょ。沙都子、これは? “栄養”って」
「簡単に作れて栄養バランスもちゃんと組み立てたご飯のレシピ。うたちゃんお菓子で済ませちゃうとかザラだから」
「それはいいね。沙都子のレシピならきっとうたちゃんも喜ぶと思うよ」
「直の言うことって案外アテにならないけど、確かにアンタのレシピなら嬉しいかもね」
相変わらず沙都子は内職をやめる気配がない。と言うかむしろ家じゃない場所で作業をした方がバレる心配も少ないし、作業も捗るそうだ。って言うかこっちはこっちで作業があるんだけど。
豆知識お守りは防犯がちょっと、健康がまあまあ。栄養のジャンルがどさっと。それならわざわざお守りに仕込まなくてもファイルとかに綴じてあげた方がよかったんじゃないかと思う。使いやすさの点で言っても。
「気軽に行き来できる距離じゃないから、何より体には気をつけてほしいし、事故とかにも気をつけてほしいし、変な宗教とか詐欺とかに引っかからないように気をつけてほしいし」
「キリがない」
「でも、ボクは一人っ子だから沙都子が少し羨ましいよ」
「まあ、それはアタシもわかんないでもない」
沙都子からうたちゃんを紹介されてから、たまに会う度に親戚のおばさんみたいな目でうたちゃんを見ていたところもある。アタシと直は一人っ子だから、自分にきょうだいがいたらどうなるかっていうのはわからない。妹のいる沙都子をちょっと羨ましくは思う。
「どうする、大学で彼氏とか作って紹介しに来たら」
「うーん、でも、うたちゃんにはもういい人がいるみたいだから。という点では、あたしも直クンが結構羨ましいです!」
「あっ、えーと、そのー」
「いやあ、アンタもそろそろサクラサクかね、直」
「ほっ、ほら沙都子! お守りの手が止まってるよ! ボクも作ろうかなあ!」
end.
++++
さとちゃんはイシカー兄さんとはちょっと違うベクトルであってほしい妹との仲良しさん。
お手製のお守りは結構だけど、確かに料理レシピなんかはお守りに仕込むんでなくてファイリングの方が親切な気がする……
直クンのあれこれについてはこれから何か展開があると楽しい。去年大してやってないはずだから今年はちょっとやりたいなあ