建物の前は、黒山の人だかり。胴上げされている人がいたり、写真を撮ってる人がいたり。星ヶ丘大学の卒業式が行われたこの現場で、俺たちには待っている人がいる。これは公的なイベントなのか、はたまた自主的な行動なのか。
少し遠くに目をやれば、見覚えのある連中が輪を作っていた。放送部だ。出て来た4年生を1人ずつ全体で見送りつつ、やっぱり班員が中心になる。それを横目でかわしつつ、俺たちは俺たちの待ち人を見逃さないようにしなければならない。放送部の輪は、俺たちに関係あるようで関係ない。
「朝霞クン、眉間が大変なコトになってるヨ。う〜ん、なかなかこの人混みの中から雄平さんをピンポイントで探すのは難しいネ」
「そもそもこっしーって卒業式来てんの?」
「来てるはずだ」
「はい朝霞サンレッドブル。そこで宣伝カーの姉ちゃんからもらったんだけど、朝霞サンのが需要あるっしょ」
習性というのは怖い物で、戸田からもらったそれを無意識に開いていた。そして、改めてこの建物の中にいたはずの越谷さんを源も含めた4人で目を皿にしながら探すのだ。
去年もそうやって、梢さんを見送ろうと越谷さんの呼びかけで集まった。去年と全く同じ、その場所に俺たちはいる。あの人ならわかるはずなんだ。だからこそ逆に避けられるリスクもあるけど。
「あー、カオルちゃんに洋平ー!」
「水鈴さん。ご卒業おめでとうございます」
「水鈴さんお久し振りです〜! 卒業おめでとうございま〜す。水鈴さん袴似合ってて、綺麗ですね〜」
「2人もスーツ決まってんねッ! うんうん、カッコいいカッコいい」
「でしょでしょ〜、やっぱ3年生はスーツですよね〜! ステージスターたる者、どんな衣装も着こなして見せますよ〜」
「あっはは、それでこそ洋平だ!」
確かに水鈴さんにもお世話になったんだけど、そうじゃないんだ。ったく、どこ行きやがったんだあの人! 一応、水鈴さんに越谷さんの所在を聞いてみても返って来る答えはあまり芳しくない。
「カオルちゃん、やっぱ陰湿な部活だね、こうして見ると」
「陰湿、ですか」
「おんなじ放送部なのに別々に輪を作っちゃってるし、雄平の存在はなかったことになってるし」
「……でしょうね。だからこそ俺たちがいるんです」
「俺は水鈴さんの方から来てくれたけど、つばちゃんはいい? 亜衣さんに挨拶しなくって」
「うお姐に託した」
流刑地と呼ばれる班に辿り着く前には、大抵どこか別の班で誰かの世話になっているものだ。山口に対する水鈴さん、戸田に対する鷹羽さん。そして源に対する鳴尾浜と言った具合に。
水鈴さんのように自分から来てくれるケースは激レアだから措いといて、戸田みたいなパターンなら誰かに託すことも出来る。だけど、最初から最後まで越谷さんしかいなかった俺は、ここを逃すと終わりだ。
「……水鈴さん、ちょっと失礼します!」
遠目に見えるあのガタイ。絶対見間違いなんかじゃない。越谷さんだ。確信を持って人混みをかき分ける。チッ、テメーら用が済んだならいつまでもうだうだやってねーで全員退けよ、ぶっ飛ばすぞ!
「越谷さん!」
逃げられる前に。逃がすものかと伸ばす腕。掴んだ腕は、俺の手なんてすぐに振り解けそうな筋肉質。
「水鈴が引いてから行くつもりだったんだけどな」
「嘘でしょう。そうでなかったら、水鈴さんが越谷さんを無理にでも引っ張って来ない理由がないじゃないですか」
「お前たちがいたのに驚いたんだ。結局俺は何も償えてない。俺の所為でお前や洋平には苦労をかけて」
「越谷さん…! アンタバカだ! 越谷さんのおかげで俺と山口はやりたいことをやりたいようにやり始められたのに! 忘れたとは言わせませんよ、Pでアナだった越谷さんがミキサーになってくれたから俺たちは!」
「朝霞泣くな。またコンタクト落ちるぞ」
「わかってますよ…!」
越谷さんの腕を掴んだまま、意思に反してボロボロと溢れてくる涙を必死に拭っていた。越谷さんの卒業が寂しいとか悲しいとかそんなんじゃない。腹が立つんだ。
「確かに越谷さんはムダに熱くて、たまに無鉄砲です。で、その結果が流刑です。あと、人が食ってるモンとか勝手に盗ってくけど。でも、越谷さんほど真っ直ぐで、器がデカくて、カッコいい人を俺は知りません」
「ホント、最初から思ってたけどお前って変な奴だな。まだ泣いてるし。でも、ナントカな子ほどかわいい」
「涙はそろそろ止まりますし俺の意思とは関係ないですし! ほら、山口たちも待ってんですよ越谷さんを」
「俺はいいけど、お前はその顔で洋平だの戸田だのの前に戻れんのか?」
「うっ」
「どうせ夜は飲むことになってんだろ? 洋平たちにはその時に顔見せとく。もうちょっと付き合え、朝霞」
そう言って越谷さんは、捕まれていない方の右手で俺の頭をわしわしと撫でた。ガキじゃねーんだぞ。ホント、人を何だと思ってんだ。さっきのとは違う怒りが沸々と湧き、涙は干上がる。
腹が立つ。本当に腹が立つ。
end.
++++
ナノスパ比少し長めのエコメモSS。星ヶ丘の卒業式。これはひょっとしなくても短編規模でやるべき話だったかもしれない。
どうやら朝霞Pはこっしーさんの前で泣いてコンタクトレンズを落としたことがあるらしい。きっと酒飲んでた時だな、間違いない
宣伝カーの姉ちゃんからもらったレッドブルを朝霞Pにあげちゃうつばちゃんの方もきっと習性だったんだろうなあ