「やあ、奇遇だね」
「圭斗じゃないか」
今日は向島大学の健康診断の日で、新4年生が集まっている。どこから回るかは個人の自由だけど、視力検査から回る人が多いようだ。実家に戻っていた菜月さんもこっちに戻ってきた様子。
視力検査には長い列が出来ていた。その場の流れで僕は菜月さんと一緒にその長い列を構成する一人になっていた。検査自体よりも待ち時間の方が圧倒的に長いこの検査は、積もる話をするのにちょうどいい。
「どうだい、この頃は」
「別に」
「そうかい」
就職活動云々といった話も今の僕たち――新4年生には結構なウェイトを占める話題のはずだけど。その話題をしていて彼女の機嫌がよかった覚えはない。あまり触れない方がいいのだろう。
「そう言えば、表に献血カーが来ていたね」
「うち、献血って1回やってみたいんだ」
「ん、それなら全部回ったら、やる?」
「圭斗の血なんか輸血されたらどんな性格になるのか怖くて仕方ないぞ」
「必ずしも輸血元の人間の性格が伝染するというワケではないはずなんだけどね」
別にいいことをしたいとかそういうことではなく、単純に興味なのだという。ただ、僕の性格をとやかく言うけれど、菜月さんは食生活も怪しいし、献血以前の問題のような気がしないでもない。
視力検査の列は相変わらず長い。人数自体はある程度こなしてるんだろうけど、どうして何百人にもなる新4年生をたった2機で診ようと思ったのか。きっと、視力検査を過ぎれば他を回るのは早そうだ。
「うちの腕さ、注射が結構難しいらしくて」
「――って言うのは?」
見た方がわかりやすい。そう言って彼女は服の袖を捲り、白い腕を露わにした。少し見ただけでもとても滑らかで、吸い付きそうな肌。そんな腕を見ていくと、彼女の言う意味が少し分かる。
「血管がわからないね」
「なんか、うちの腕って血管が細くて奥まってるらしくて。採血なんか一発でなかなか決めてもらえないし、看護師さんが悲鳴を上げるのはよく見る」
「でも、そんな腕……と言うか血管じゃ献血なんて難しいんじゃないかい? 結構針が太いと聞くけど」
「上手い人に当たってくれないかな」
「献血の前に健康診断の血液検査からだね」
それだけわかりにくい血管をしていると、採血も肘からではなく手の甲などから取ることになってくるそうだ。菜月さんは去年の健康診断でも左右の腕に合わせて4回も針を刺された結果、手の甲で採血されたとのこと。
僕だったらそれだけ人の腕を穴だらけにしやがって、と思うところだけど、菜月さんはそれが嫌いじゃない。腕に針が刺さっていくところや、血が抜き取られていくのをまじまじと見るのがむしろ好きなのだ。
「そう言えば、輸血とか臓器移植で性格とかドナーの記憶がどうとかって言うだろ」
「あるね。奇跡体験とか世界の不思議みたいな番組なんかで取り上げられるヤツだね」
「血液型どうこうの話は無視して、こう、うちに圭斗の血なんかを、こう。多少ポジティブにならないかな」
「やめておいた方がいい。僕の記憶なんて、ロクでもないよ」
それは、いろいろな意味で。華やかなことも、孤独な日々も。いろいろあって今の僕に至る。そして彼女も僕のその言葉を否定することはなかった。ん、まあ、それは菜月さんだからね、大体予想はついてたけど。
「ん、気がつけば随分前に来ていたようだね」
「そうだな。コンタクトの時って最初に裸眼はDって申告すればいいんだっけ?」
「確かそうだったと思うよ」
end.
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この時期の定番となりつつある菜圭の健康診断話。今年も尿検査の話は結局触れずじまい。まあ、圭村でもない限りやらんだろうから……
ちなみに菜月さんも圭斗さんも裸眼の視力は0.1未満です。圭斗さんはデザインにもちょっと気を遣ったメガネなんかを併用していますが、菜月さんはコンタクトばっかり。
圭斗さんのようになった菜月さんというのを想像するとお笑いにしかならないのでそういうラジドラの脚本なんかを来年度は誰か打ち出して欲しい。