時刻は、8時5分前。つまりそれは、向島大学サークル棟の閉館時間の5分前。忘れ物がないかだけを確認して、バタバタと慌てて鍵を返せばひとまずセーフ。
「ふー、ギリギリだ」
「ったく、こんなギリギリまで作業させるとか」
「ん、申し訳ない」
明日はファンタジックフェスタ当日。それぞれの班で番組の打ち合わせをしたりして準備をしてきた。だけど、一昨日になって新たな問題が定例会で浮上した。それは、「装飾をどうする?」という話。
装飾というのはブースの飾りつけに使う物。ファンフェスのDJブースの場合は足元のケーブルを隠すために机の前なんかに垂れ下げる幕とか、そういう物があると見栄えがまだ良くなるんじゃないかなあとか、そんなようなこと。
「一応、僕にも定例会議長としての面子と言うか、責任があってね」
「お前が買い出し以外に何をした」
「そうは言うけど、菜月が僕に手を出させないんじゃないかい?」
「お前に筆を握らせるとどうなるかは1年の時によーく思い知らされたからな」
最近暑くなってきたこともあってロートルの扇風機を引っ張り出していると、圭斗がいきなり何て言ったか。装飾を作ってほしいと。それが午後4時半のこと。それから買い出しやら下書きやらをもちゃもちゃとこなして現在に至る。扇風機は絵の具の乾燥機と化した。
どうせ最初からうちを当てにしてたんだろう。と言うか、もしもうちが直前打ち合わせとかでいなかったらどうしてたつもりなんだ。定例会で装飾どうするって話題になったときにホイホイと返事をした圭斗なんか、映像で想像出来る。
「圭斗」
「何だい?」
荷物を圭斗の車に乗せ、うちも助手席に乗り込む。エンジンがかかり、車が動き出せば行き先を一言で指示するんだ。うちと圭斗の間で通じ合う、例の単語を。まるで、呪文でもかけるように。
「野菜が食べたい」
こう言えば、何を意図しているのかは通じている。こういう流れで“野菜”と言えば、1日の摂取目安量の3分の1の量の野菜炒めが乗ったラーメンのこと。
「ん、言っておくけど、奢らないよ」
「別に奢れとは言ってない。他にも話すことはあるし、今から作るのも面倒だ。これだけ働かせたんだ、連れてってくれるくらいいいだろう」
「それもそうだね。行こうか」
「ただ、うちはタダ働きをするつもりも毛頭ないぞ」
「ん、それはどういうことかな?」
「明日のファンフェスで定例会の皆さんの誠意が見たいなー。タピオカミルクティーは今年もあるかなー」
わかりましたとポツリ、諦めたように圭斗は了承した。当然だろう。圭斗が恐らく適当に返事をしたであろうその仕事だし、そもそもが定例会の責任で製作されるべき装飾。この作業にかかった費用は当然定例会持ち。
大体、もっと早く言ってくれていればうちだってこんな風に振る舞うことはなかったんだ。ただ、今回以外にも各種書類仕事はうちがやってるし。
「一応蓋をしてきたとは言え、パレットの絵の具が乾いてカピカピにならないか心配だ」
「どうだろうね」
「週が明けたら掃除しないと昼放の収録も出来やしない」
「頑張って」
「お前もやるんだ」
ったく。どうしてこんなにいい加減な男が定例会議長なんてやれてるんだ。外面が良かったり、笑顔で有無を言わせなかったり、企業様とのやり取りっていう面じゃ右に出る奴もそうそういないだろうけど。ああ、それが答えか。
end.
++++
外面の良さ、言い換えれば政治力とカリスマで圭斗さんは現在の位置にいます。放送の技術的なことは求められないのが定例会議長よ
圭斗さんが絵筆をとった結果何が起こったのかは所謂“あの頃話”として。学祭シーズンか、いつかステーキ屋さんで語られる、かもしれない
久々に「野菜が食べたい」と言わせた気がする。最近はラーメンの件もやってなかったからなあ、新鮮