「L、おでん食うぞ」
また唐突に殴り込みに来るんだこの人は。インターホンが鳴ってから顔を見せるまでに3秒もあれば、玄関のドアが殴打されるのもお決まりの光景。10秒くらい待てないんですかね。
おでん食うぞ、と上がり込んでくるその手にはコンビニの袋が下がっている。例によって衝動的な行動だったのだろうけど、この人を追い返せないのはその衝動的行動に同意してしまうから。
「今年はコンビニおでんが出るのも早いっすよね」
「見てたら食いたくなるよな。でも一人暮らしだと自分でするのもめんどいだろ」
「間違いないですね」
高崎先輩が提げてきたコンビニ袋は、2人分と言うにはちょっと多めのおでんと、自分が飲むためのビールで結構な重量になっている。おでんの他のおつまみもちょいちょい用意されているようだった。
「今年の夏はめちゃ暑いってのにおでんだの鍋だのがシーズン繰り上がったり流行ったりするっつーんだからどーなってんのかね」
「まあ、冷房ばっか使いますからね、あったかいモン食っても美味いってことなんでしょう」
口で挟んだ割り箸がパキッといい音を立てて2本に分かれる。表情こそ普段と変わらないけど目の前のおでんに対して高崎先輩も乗り気であることには違いなかった。
ブームや世の風潮に踊らされる印象がない先輩だけど、さすがに酒の肴とあれば別件だったのだろうか。おでんとお酒、揚げ物と酒。ありとあらゆる可能性を考えてはそれだけで悦に浸る先輩を想像してみると、それはそれでとても面白い。
「夏はコンビニでもやたら揚げモンだのの総菜が並んでたけど、あれはどういう原理なんだろうな」
「あれは、家庭でも揚げ物をするのがめんどくさいってことなんじゃないすか? 絶対暑いっすよ揚げ物の調理中って」
「あーなるほどな」
そう言いながら高崎先輩は透き通った大根を箸で割り、口に運ぶ。それを眺めていた俺にも好きなの食えよと声をもらって。器の中でごろりと転がる玉子と、きれいに結ばれた白滝を食べることにした。
「おでんって、地域によって食い方とか具が全然違うじゃないすか」
「ああ、そうらしいな。カニ一匹まるごと入ってるトコとかあるらしいし」
「コンビニおでんも地域によっていろいろマイナーチェンジしたりしてんすかね」
「知らね。でも、味噌の小袋くらいなら変えるんじゃね?」
「MBCCでおでん大会とかしたら地域差が出て面白いことになりそうっすよね」
その前に果林が食い尽くして地域差も何もわからねぇまま終わるだろ、と先輩は淡々とその案を下ろした。でも、本当にいざとなればカズ先輩に言って大会を開くことも視野に入れておこうか、とも考え込んでいる。
俺としては、みんなでワイワイとやるのもいいけれど、この人とこうやってちびちびとやるのもこれはこれで楽しいと思っている。ただ、俺が玄関先まで出るのを10秒だけ待ってもらえればの話。
「玉子の食い方にも性格って出るよな。性格っつーか、なんつーか」
「先輩はどーやって食うんすか」
「まず半分に割るだろ。片方は普通に食って、もう片方の黄身と白身を分ける。先に白身食って黄身は汁に溶かして飲むっつー。玉子はおでんのシメ扱いだ」
「え、そんなの初めて聞いたっす」
「マジか、やんねぇのか」
先にある程度汁の量を調整しておくのがコツだとレクチャーを受け、俺の取り皿の中にある玉子が半分に割られる。まだまだ残暑は厳しいというのに少し早めのおでん大会が盛り上がって、こんな調子でこれからどうなるって言うんだ。
「あーしまった、全然足りねぇな。もっと買って来りゃよかった」
「え、先輩これがシメじゃないんすか?」
end.
++++
少し早めのおでん話。ナノスパとおでんなら圭斗さんがメジャーどころじゃないかなと勝手に思ってみる。
高崎は自分で作るよりかはコンビニおでんだなあと思ったんだけど、毎度のことながら巻き込まれるLな!
MBCCの地域差は確かに激しそうだなあ。でもその前に食糧戦争が勃発するというのは高崎の読み通りということで。