12月31日、やがて年を跨ごうかという時間帯。星港の街は未だギラギラと輝いていて、この広場にも多くの人が集まっている。私は路上のライブ会場を前に、最前列のポジションを確保して座っていた。
これから行われるのは春山さんに対するドッキリという名目の路上ライブ。私は実家の方で遊ぶ誘いがあったけど、どーしてもこのライブが見たくってそっちのお誘いは断りを入れた。
雄介さんは雄介さんで、春山さんへの復讐という目的に燃えていた。その手段としての音楽。その復讐はどす黒い想いからではなく、どことなくドヤ感が滲んでいる。「アンタのいない場でオレたちはこんな楽しいことをしていますよ、ざまあ」的な。
「これがネットで生中継されてるんだね」
「そうですね、今のところトラブルもなく至極順調です」
「でも寒いね」
「夜ですからね」
生中継をするにあたって、青山さんが助っ人の子を連れてきていた。青山さんのバイト先の後輩っていう蒼希ちゃん。話を聞くと、ミドリ君とはサークルの同期らしい。
放送サークルで機材を担当しているだけあって、さすがにこういう機材の扱いには慣れているんだなあと。機械音痴の私からすれば、こんなに難しそうな機械をサラッと扱う蒼希ちゃんはとてもカッコいい。
「人も結構集まってますね。路上ライブなんて珍しいものでもないのに」
「完全体じゃないとは言えブルースプリングは凄いもん、当然だよ」
2、3曲をやり終わった頃には、人だかりになっていた。始まる前には悠々と見られていたけど今では周りの人の放つ圧迫感を背中で感じている。人垣ができていたから、はじめに感じていた寒さは薄れている。
春山さんへの当てつけが目的だから、セットリストは春山さんが好きなスタンダードの曲とか、映画音楽のジャズアレンジをメインに。それと、オリジナル曲。大学祭でやっていたのと、新曲を少々。
ああん、うずうずする。映画音楽の選曲のせいかもしれない。踊りたくってうずうずしちゃう。別に赤い靴を履いているわけではないけれど、夜が明けるまで踊り続けられそうな高揚感。
「あっリン君、芹ちゃんからライン来たよ」
「何と?」
「『テメーら殺す』だって」
「殺れるものなら殺ってみろ。そう送っておいてください」
「リン君、そろそろ“あれ”やる?」
「“あれ”をやるんですか」
「だって、そうでもしないと畳みかけられないよ。芹ちゃんに対する復讐でしょ?」
「はあっ……わかりましたよ」
MCとはとても言えるような内容ではないけれど、いつものスタジオと何ら変わりないやり取り。ただ、気になるのは“あれ”の内容。私も聞けばわかるのかな。
「ワン、ツー」
ちょおっとお! えっ、えっ!? ウソでしょ!? この曲って、こないだの舞台曲のアレンジ版!? 青山さん自分が監修してるからってこれはズルいー! 踊りたい、歌いたい。うずうずして止まらない。
体育座りの爪先でリズムを取っていると、雄介さんと目が合う。左手は鍵盤の上を細かく動きながら右手の人差し指が私を差し、軽くクイクイと手招きをするように曲がる。いつかのように「踊れ」と言っているのだと。
振りは頭の中に叩き込んである。引っ張り出してきたそれを今日の編曲に合うように私も即興でアレンジ。青山さんと雄介さんの間でステップを踏みながら、邪魔になったコートは蒼希ちゃんに向かって放り投げる。
そこまでやったら歌わないワケにはいかない。マイクなんかなくたって、ちゃんとした設備がなくたって、私の立った場所が舞台だから。あー、楽しくって仕方ない!
「リン君、芹ちゃんからライン来たよ」
「何と?」
「『ズルい殺すふざけんな』だって」
「ほう。綾瀬、春山さんに何て返す」
「そうですねえ……演れるものなら演ってみろ。そう送っておいてくださいね」
春山さんがいたら絶対もっと楽しいことになってたはずですから。ブルースプリングがこのまま終わるなんてもったいない!
end.
++++
カナコがただ観衆で終わらなかった路上のブルースプリング。今年はこんな感じでもいいでしょうよ
情報センターの外に出ればリン様はカナコのことを認めていると言うか、もっと来いとすら思っていそうで何を考えているのかわからんリン様である
カナコにとって、地元での遊びのお誘いを断ったのはいい決断だったのでしょう、現時点では。楽しそうでなにより。