丸い桶のような容器に入った一口大のドーナツを摘みながら、石川が人をバカにしたような表情を浮かべている。まあ、それは割と普段通りなのだが。
その人当たりのいい石川クンの表情、もとい嘲笑の先にあるのはパソコンのディスプレイ。どうやら炎上するウェブサイトの中に、また救いようのない阿呆を見つけたのだろう。
「今日もバカな連中が盛り上がってるな」
画面の上に映し出されていたのは、最近よく聞く迷惑行為自慢の画像だった。従業員が店の冷凍庫に入ってみたり、飲食店では動物の死骸と商品を並べた写真を撮ってみたり。全裸会食なんてのもあったな。
石川が見ているのはそういう画像を上げた奴だけではなく、身元を割って叩こうとそこに沸いてくる連中も含めた、炎上までの一連の流れだ。そして企業サマの対応に至るまでそれとなく傍観して楽しんでいるのだ。
決して奴本人が阿呆共の身元を割ろうとしているワケでもないし、迷惑行為自慢の画像だの投稿だのを見つけたところで企業に通報するでもない。あくまでも、見ているだけを決め込むのが奴なりのルール。
「そもそもオレにはネット上に身元が割れるような情報を投稿する意味がわからん。迷惑自慢は形は違えど昔からあるが」
「ま、想像力の欠如だの何だの言われてるけどな。上げるバカも上げるバカだし晒すバカも晒すバカだ。炎上をただただ見ているだけの俺も、正義ぶってる連中からすればバカの人生をぶっ潰した加害者の一人ってことになるだろうけどな」
そもそもネットという場所は匿名の遊び場であって然るべきというのが石川の考え方のようだった。そこへわざわざ名前や身分だのというボーダーを持ち込むから面倒なことになると。
大人だろうと子供だろうとその世界に踏み込んだからにはいっちょ前に守られると思っている方がどうかしていて、初心者だの学生だのという言い訳はさらなる煽りを受けて当然、くらいに思っているらしい。
「尤も、自分で人生潰したことに気付かないバカは、懲りずに炎上自慢してるんだろうけどな。フリメでアカウント取得し直して再炎上だ」
「石川」
「ん?」
「面白いか?」
この問いに奴は、満面の笑みでこう答えた。
「楽しいさ」
奴にとってこれは社会問題として興味深いとか、ネットリテラシーについて考えるテーマなどではない。ただただ暇潰しの遊戯だ。それが「楽しい」という一言に現れているように思えて仕方ない。
知っていたがやはりいい性格をしていることを再確認し、奴が抱える桶の中から一口大のドーナツをひとつ摘み上げた。もしやこれも裏では……いや、やめておこう。
「ところで石川」
「ん?」
「そういうバカな連中を嘲うのはいいが、お前の妹がそっち側に回るとも限らんな」
「沙也には俺がみっちりネットの恐ろしさを教育してるんだ、そんなバカなことをするワケがないだろ。あとリン、勝手に摘むな」
そして石川はまたコロコロとマウスのホイールを転がし始めた。その視線の先にはどんな種火があるのだろうか。この悪魔に魅入られたが最後。
end.
++++
石川の基本性質はやっぱり性悪であるべきだと思うので、こういうテーマが正直性格出そう。
石川もリン様もネットで自分の身元が割れる情報を出すものではないというのが常識だと思っています。
そしてネサフしながらドーナツをつまんでいるのがこの話を少しマイルドにするポイント、かもしれない。