あ、玄関扉が殴打されてる。それでもって今日のこの叩き方はめちゃくちゃ不機嫌だ。早く出ないと俺が殴られる。午後10時、そんな恐怖感に飛んで出ると、玄関先にはやっぱり機嫌が悪そうな高崎先輩。
「L、お前ムヒ的なヤツ持ってねぇか」
「ムヒ的なヤツって言うと、虫さされとかの薬すか?」
「そういうのだ」
「ちょっと待って下さい」
取って来て渡そうと思ったら、上がってくるんだもんな。普段サンダルを履かないと言う高崎先輩も、このアパートの敷地内でだけはしっかりと裸足にサンダル履きだ。
まあ、この人が訪ねてきてタダで終わるワケがないっていうのは分かりきってたし、俺の部屋はいつ何時誰が上がってきても大丈夫なようにはなってるんだけど。
引き出しから取り出した虫さされの薬を高崎先輩に手渡せば、借りるぞという声と同時に独特のニオイが広がる。秋とは言え気温としては高めだもんな、蚊もまだまだ生きてるよな。
「つーか足の甲だの裏だの食われてよ、ふざけんなっつー」
「ああー、よりによってまたキツいトコ食われましたね」
「腕とかだったらほっとくんだけどよ、足はねぇな」
「窓開けてたんすか?」
「ベランダで酒飲んでた。月見酒ってヤツだ」
「それは食われますよ、その辺ずっと草むらなんすから」
確かにベランダで座って酒を飲むにはいい季節だ。十五夜も近いし月を見上げながら、なんていうのも乙。それにベランダだったら裸足なのにも納得だ。
この時間だと1番近い薬局は閉まっているし、24時までやってる薬局もあるけど足が痒くてそんなところに行ける気がしない。うちに来たのはそう思った末の賭けだったらしい。
「でもよ、何も考えずにただただボーッと煙草吸って、酒飲んでっつー時間も重要じゃねぇか」
「重要じゃねぇかって言われても俺煙草吸わないんでわかんないっすよ」
「お前で言うところの掃除と同じレベルだ」
毎日の日課で、やらないと気持ち悪いレベルのそれと同等なのか。でも、確かに酒も煙草も嗜好品だし贅沢な時間だと言える。あとはそれを邪魔するものさえなければ。
「つーか今年とかクソ暑かったんだから蚊も死滅しろよ」
「いや、蚊はアフリカにもいるくらいなんすから暑いよりかは寒い方が減るでしょう」
「マジか」
「秋冬にかけて気温が下がり切らなかったらしぶとい奴が生き残るでしょうけど、寒いのは嫌っすね」
「違いねぇな」
さらに薬を塗ろうとしている腕に目をやれば、赤く腫れ上がった患部がまだらな水玉模様を作っていた。と言うか腕だったらほっとくって高崎先輩、そんだけ食われても足を食われなきゃ放置してたんすか。
「先輩、そんだけ食われて放置とか、どんな病気持って来られててもわからないじゃないすか」
「それこそアフリカの蚊ならともかく、別にその辺の蚊が性病持ってくるとかじゃねぇだろ、今更だ」
「不特定不純異性交遊と蚊に食われるのを一緒にするとかどういう神経してんすか」
「ま、血を吸うのもメスの蚊だって言うしな」
「それ、そろそろ怒られますよ」
そして薬が手元に戻れば、このまま飲まねぇかと一声。首は縦に振るけど改めて忠告をひとつ。煙草を吸うならベランダでお願いしますと。
「てめェ、蚊に食われるだろ」
「食われたら薬出しますよ。うちは禁煙なんで」
end.
++++
まだまだしぶといヤツがいるよね、というお話。ベランダで煙草を吸う高崎の灰皿は空いた缶ビールだといい。
タイトルと内容があんまり関係ないといういつものパターンのヤツで。今日が十五夜でもないし。
んでもってここはムヒ的なヤツを持ってるLがちょっとすごいかもしれないと感心してみる。