水道水を飲むと言えば驚かれることが多いと知ったのは向島に来てからのこと。中学の部活の先輩が、卒業アルバムに「都会の生水は飲んじゃダメだよ」と書いていたような気がするけど、飲めない、あるいは飲まないのが普通だと知ったときの衝撃と、尾を引く寂しさ。
「ん、そりゃ緑風と向島を比べるべきではないと思うよ」
「本当に衝撃だったからな」
「でも、僕からすれば緑風の水事情の方が驚くよ。浄水場で処理した水道水をペットボトルに詰めて売り出すだなんて、ありえない」
「あれは地下水でも天然水でもなくて本当に水道水らしいからな」
これは最近知ったこと。地元に帰っていたときの地方ニュースで聞いたんだけど、緑風エリアのとある市の水道水がボトルに詰められ販売されていて、それが何かの賞を取ったとか取らないとか。地下水だとか天然水ならともかく水道水なんて。そんなの蛇口をひねれば買わずに済むじゃないか。
「まあ、地下水が出てくるのもすごいけどね」
「蛇口をひねって出てくるのが地下水だとか井戸水っていうのは普通じゃないのか?」
「それは地域にもよるんじゃない? 少なくとも僕の周りではあまり聞かないね」
「うちの地元の地下水はそれこそペットボトルに詰められて流通してる」
「菜月さんは舌が肥えてそうだよね、いい物を知ってるし」
圭斗は無駄に本物・本格志向だ。米を炊くにもお茶を淹れるにも、水が美味しいとやっぱり変わるのかな、と興味はありありなようだ。そしてうちはサークル棟の前にある自販機で買った水を飲みのみ圭斗の話に耳を傾ける。ちなみにこの水はうちの地元で採れた物ではないようだ。
圭斗がうちに「舌が肥えていそう」と言ったけれど、その真偽の程はわからない。ただ、水に関して好みの味があるのは事実で、好きな味とそうじゃない味を見極められるようにはなった。他の食べ物とかだったら別にそこまで気にしない貧乏舌なのに、水に関しては味が第一だと思う。
「確かに、実際向島に来て飲んだ水道水は不味かった。今は実家から蛇口の水を送ってもらってる」
「そこまでしてるのか」
「厳密には浄水機を通したアルカリイオン水だけどな。たまにペットボトルの水を2リットル6本ケースとかで送ってもらうけど」
「よくやるね」
「と言うか親がな。うちは料理に使う分にはあまり気にしてなかったんだけど、こっちの水道水で米を炊くのはやめとけって言われて」
一度上がった水準はなかなか下げられない物なのかもね、と圭斗が話を丸く収める。そして気がつけばうちが飲んでいたボトルの水も無くなっていて、まだまだノドが乾きやすい季節だな、と実感する。1日2リットルなんて余裕で飲めるのに。実家では蛇口をひねれば良かったのが、こっちでは買わないといけない。不便だ。
「僕が地元の鰻以外鰻だと認められないのと同じような感じじゃないかな」
「それとはまた違うだろう。うちは地元以外の水だって美味しければ飲む」
「でも、水選びは重要だろうね。体の70%だし」
「巡り巡ってどうなるか、だな。……水買って来よ、足りる気がしない」
end.
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菜月さんの水事情。学校などではペットボトルの水を買ってるんだけど、たまに外国の変わった銘柄の水を飲むこともあるらしい。
圭斗さんからすれば菜月さんは本物を知る人らしい。水に関しては。でも実際味は少しわかるとかなんとか。
実はこの話、去年の今頃書いてやっとタイミングに恵まれたお話。1年経つとは思わなかったwww