カランコロンと扉に吊り下がるベルがなり、夜遅くの来客を告げる。ホットのカフェモカM、と手慣れた様子で注文を済ませたその客は禁煙コーナーへと入っていった。
夜遅く、それも日付が変わる変わらないかほどの時間ともなると人が来たとしても疎ら。しかも今日は大雨に暴風という荒れ模様。こんな時に外に出ようとする方がどうかしている。
びゅうびゅうとすきま風が入り込み、窓には雨が打ち付ける。店内BGMなんて全然聞こえない。外に置いてた木の鉢も今日は事務所に入れてある。店長は、鉢動かしたから今日はもう動けない、とか何とか言っていつものようにネサフを始めた。
「高ピー先輩何やってるんですかこんな時間に」
「バイト上がってそのまま適当な店で飯食って、少しのんびりしたらこんな時間になってやがるだろ。んでもってエンプティ点きやがる」
またガソリンの値段が高くなっているのを高ピー先輩は嘆く。他に人がくる気配のないこの状況で、深夜帯の話し相手という意味ではとても嬉しい来訪ではあったのだけど。
「つーかよ、急いでる時とか雨風に煽られてる時に限って札が戻ってくるのってどーにかなんねぇのか」
「そんなことをアタシに言われても」
ガソリンを入れようと機械にお金を投入しようとすると、何故かお札が戻ってくることがある。そういうときは、入れる向きを変えたり裏表をひっくり返したりして試行錯誤。
そのお札の返却が起こる状況について高ピー先輩が嘆いているけどそう言われれば、雨風のヒドいときなんかにはより多く起こるかもしれない。単にそれを覚えているだけかもしれないけど。
この雨風のおかげでさすがに今日は気温も低いのだけど、高ピー先輩がホットのカフェモカを注文したのはガソリンを入れるときに横から吹き付ける雨風に晒されたからかもしれない。
「へっくしっ」
「先輩大丈夫ですか?」
「つーかさみィ」
「え、てか高ピー先輩今日バイトだったってこの雨風の中原付で配達してたんですか?」
「仕方ねぇだろ、車1台壊れたとか後のは使われてたっつーんで原付しかなかったんだからよ」
そして高ピー先輩はくしゃみをもう1回飛ばした。確かによく見ると髪もちょっと濡れている。バイト中に結構冷えたのかもしれない。
「高ピー先輩それカフェモカ飲むよりお風呂に入った方がいいですよ絶対」
「一人暮らしで風呂なんかそうそう入らねぇだろ」
「だから、銭湯とか」
「エンプティ点いたつってんだろ」
「ですよねー」
それに、銭湯に行ったところで帰りにまた雨風を受ければ同じことだと。そう言われれば確かに当たり前なんだけど、それならそうそう入らない一人暮らしでのお風呂も、今日は贅沢して入れればいいのにと思う。
まだまだ外は荒れ模様。これじゃまだ外には出られないと言う高ピー先輩に、もう1杯のカフェモカを。どういうつもりだという問いには、自分のカフェラテで無言の答えを。
「バイト中に堂々とサボるとかさすが深夜だな」
「こんな天気じゃ人なんてそうそう来ないですからね。ライトが近付いたらチラ見する程度で大丈夫だと思います」
「時給いくらだ?」
「1125円です。土日・祝日は100円増しで」
「マジかよ、雨風の中890円で働いてんのがアホらしくなるな」
それじゃあ果林さんからのカフェモカゴチになります、と高ピー先輩はもう少しだけ居座ってくれるようだった。
相変わらず雨風は強い。この風が過ぎた朝イチの仕事はきっと、中に入れた鉢を外に戻すことだろう。どうやって店長の重い腰を上げさせるか、考えとかないと。
end.
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平日は1日につき9000円ほど稼ぐ果林ですが、そのバイト代のほとんどが食費になるからね、仕方ないね。
そして雨風に煽られる高崎。今日の主題は急いでる時や雨風のヒドいときに限って札が戻ってくる現象について。
台風のときに書いてたんだけど、すっかり秋晴れの様相……