「それじゃあそういうことで」
「りょーかい」
部室の前を通りかかると、ふう、と大きな溜め息をついて部屋から出てきた洋平と鉢合わせた。部活の時はいつもヘラヘラしてるピエロが珍しく化粧を落としている。
「あれあれ、つばちゃんじゃんどーしたの」
「ちょっと通りがかっただけだけど」
そしてアタシの存在を認識するなり一気に緩い顔になるのだから。擦りガラスから覗く部室の中は、暗い。きっと電気もつけずに話していたのだろう。誰と、何を。
最近では、夏の丸の池ステージも終わって学祭に向けた準備が始まった。朝霞班でも企画は練ってるし、はみ出し者の班らしく協力してくれる人も少ない中でどうにかやってやろうと。
「時代錯誤なお偉いサマ方に! 呼び出し食らってましたか!」
「つばちゃん、また怒られるよ」
「無視するから別にいいし」
アタシが部の偉いサマを嫌っているのは今に始まったことじゃない。それこそ今の3年だけじゃなくて4年だとか、卒業した人も込み込みで頭の固い連中が心底ウザいと思っているだけ。
そりゃ多少の上下関係があるのは当たり前だと思ってる。実力が伴うなら尊敬も出来る。でも学年が上だというだけの理由で実力もないのに権力振りかざしてる無能にへこへこしなきゃいけない理由はない。
それに、学年の上下関係ならともかくパートに上も下もないだろと。プロデューサーが1番偉くてディレクターは最下層? ふざけんな。それに、インターフェイスでのスタンスについても。これは話すと長くなる。
「宇部班から呼び出されてた」
「お人好しの洋平サンはまーた元カノからのヘルプ要請に応えちゃうんですか、自分の班が手いっぱいだってのに」
「そりゃつばちゃん的には面白くないよね、班唯一のアナウンサーが自分の班そっちのけで他の班、しかもお偉いサマのヘルプに飛んじゃうかもしれないのは」
「当たり前だろアホか」
洋平を呼び出してたのは放送部の監査、宇部恵美。3年生のプロデューサーだ。頭はいいんだろうけど喋り方がいちいち機械的で人間味を感じないし、部長のクソ日高の右腕という時点で敵だと思ってる。
先述の通り宇部Pサマは洋平の元カノで、別れるに至った経緯が「山口と付き合うのは自由だけど、部内での立場は保証しないよ」という当時のお偉いサマの脅しに屈したから。朝霞サン曰くそういうことらしい。
「でもね、俺は宇部Pに賭けてみようと思ってんだよね」
「は? わかるように説明しろ」
「今で言う朝霞班、その前なら越谷班。今まで隅に隅に追いやられてきた流刑地の人間を、部の偉いサンが積極起用してくれることの意味ね。俺はきっと、俺たちはみ出し者が「はみ出し者」っ
て言われなくなる日もそう遠くないと思ってる」
今年は無理でも来年再来年辺りにはそうなってるといいねと洋平は笑った。いつもの道化の顔じゃない、素の表情で。
「それで、色惚けババアのヘルプに飛ぶの?」
「つばちゃん相変わらず辛辣だなあ。ま、宇部班のヘルプに飛ぶに当たって条件を付けたよね」
「何て」
「俺の動きに対応出来るディレクターを付けること。以上」
「宇部班にはいないだろ、ケーブルひとつロクに捌けないのに」
するとタイミングを計ったように部室の扉が開いて機械的な、そして烏のように鋭い目が光る。
「戸田さん、ちょうどいいところに。今の話の続きをしない?」
これは嫌な予感しかしない。喰われる、そんな恐怖に一瞬で身が凍った。
end.
++++
ツバメ(鳥)の天敵ってカラスらしいので、宇部Pの鋭い目はカラスのようだといいなあと思ったよ。星ヶ丘のあれこれです。
一応朝霞班は放送部のはみ出し者ということなので、じゃあ、ど真ん中にいるお偉いさんは?ということで宇部Pを作りました。
ただ宇部P、ただただ部長の右腕でいるだけではなさそうな、そんな雰囲気が……あったらいいなあ