テーブルの上には、まるでそこに3人も4人もいるかのように皿が並べられている。次から次へ運ばれて来るそれも1人前当たりの量は比較的多い。だけどここにいるのは紛れもなく2人。
150センチ少しという、一見小柄な果林先輩がこれだけの量の食べ物を1人で平らげるのだ。最初の頃は驚いたけど、今ではこれだけで足りるんですか、と思ってしまうのだから慣れって怖い。
「タカちゃんはハムトーストだけなんだね」
「ハムトーストも結構大きいですしね。カツサンドほどじゃないですけど」
「こないだ高ピー先輩がカツサンド食べててさ、食べたくなったんだよね。いただきまーす」
果林先輩に連れられてきたこの「髭」という店は向島にいくつか店舗があって、大学近くの店には高崎先輩もよく行くらしい。俺が住んでた紅社エリアには当然ない。
それまでもサークルの後とかに先輩たちといろんな店にご飯を食べに行って感じていたことなんだけど、向島エリアのご飯は地元に比べて大盛りのような気がする。
果林先輩が頼んだカツサンドにしても、一般的な国語辞典ほどの大きさだ。国語辞典をもう少し縦に長くして、ふんわりと分厚くして4分割するような感じと言えばイメージはしやすいかもしれない。
果林先輩の何が恐ろしいって、2人で分けてもおなかいっぱいになるだろうそれを1人で平らげ、その上から数人前の量を重ねるところ。間に甘い物も挟みたいよね、とメニューを眺める様には震えてしまう。
「向島の店って量が多いですよね」
「値段も高いもん、多くしてくれなきゃ詐欺だよ」
「そうですか? 量の割には良心価格だと思いますけど」
「そうなんだ。アタシ向島から出たことないからわかんないんだよね」
「少なくとも俺の地元でこれだけ食べようと思ったらもう少しお金が要りますね」
「へー、そうなんだ。じゃあアタシ向島育ちで良かったかも」
バイト代のほとんどが食費だからね、と果林先輩は店員呼び出しボタンを押した。今度は何を追加注文する気だろうか。あんなに大きなカツサンドは既に残り一切れになっていた。
「エビフライください」
「エビフライがおひとつ、以上でよろしいでしょうか」
「はーい」
「……甘い物を食べるんじゃなかったんですか…?」
「本当はフロート頼むつもりだったけど目移りしちゃった。甘いのは次頼むよ」
そのエビフライというのもメニュー写真を見る限りでは小さい皿なんだけど、他のメニューがそうであるように、実際テーブルに持ってこられるとその大きさに驚くのに違いない。
この大盛り文化が果林先輩の胃袋を逞しくしたのかもしれない。少なくとも俺にはマネできない食べっぷりだ。ハムトーストとコーヒー1杯、それと付け合せの豆菓子でちょうど腹八分。
「タカちゃんハムトーストしか食べてないし、エビフライ来たら1本食べていいよ」
「えっ、ハムトーストも結構溜まりますよ」
「でも人が目の前で食べてたらお腹空くよね、美味しそうに見えちゃう」
でも確かに、果林先輩が食べているのを見ているとメニューの写真よりも、他の人が食べているのよりも美味しく見えるのだからその効果はスゴい。
どんな量でも美味しそうに食べるから、見ていて飽きないというのもある。今では量に対する驚きよりもそっちの方が大きい。好き嫌いがないのもスゴいと思う。
「果林先輩から食べ物をもらうのは申し訳ないです」
「いいのいいの、エビフライなんてお総菜でもそんなに食べないだろうし、揚げたて食べなきゃ損だよ!」
「それじゃあお言葉に甘えて。あ、付け合わせのトマトに触ってないのがいいです」
end.
++++
高崎&飯野の話で初登場した髭というお店はどうやらタカちゃんの行動範囲の中にもあるらしい。
やっぱりご飯食べる果林はかわいいよねえ。タカちゃんもいっしょにもぐもぐしてるのがいいなあ。
このお店はフードのボリュームが結構あるらしい。果林もちょっと満足だよ!