「あっ、林原さん。林原さん甘い物好きですよね。よかったら試食してもらっていいですかー?」
今日は非番だと言うのに川北がセンターの事務所に顔を出してきた。その手にはタッパー。中にはぎっしりと何かが詰められていて、俺が食わされるのはそれなのだろう。
蓋を開ければ、鈴カステラのような菓子。鈴カステラのようではあるが鈴カステラではなく、生地はホットケーキミックス。それをたこ焼き器で丸めた物を川北のサークルでは大学祭で売るらしい。
「トッピングもあるんですけどまずはプレーンで食べてもらって、あっ、水分とられるんでお水入れますね」
「水か。ミルクティーではいかんのか」
「味がわからなくなるので水です」
川北が珍しく眉を吊り上げている。そこは意図を酌んで水でテイスティングしてやろう。つまり、思ったことを率直に言っていいのだろう。オレに試食を頼むというのはそういうことだ。
一口で頬張ると確かに口の中の水分が取られて辛い。ホットケーキらしい味が広がるのはわかるが、それ以上に水分のことで精一杯だ。
声を発することもならず、無言で左手を伸ばせば川北が水の入ったコップを寄せてくれる。水分が取られるというのはこれまでに挙がった課題だろう。尤も、トッピングでまた変わるかもしれんが。
「ようやく飲めたぞ」
「一気に食べると詰まらせる危険性があるんですよー」
「先に言わんか」
「あっ、味はどうですかー?」
「可も不可もないただのホットケーキだ」
「ですよね! みんなそう言ってます!」
ただ、それを何か改良するでもなくただのホットケーキを下地に50円から100円のトッピングで誤魔化していく方針なのだと川北は自信ありげに言うのだ。
「それで、トッピングをしたものを持ってきました! さすがにここで調味料のセットを広げるワケにはいかないので」
そう、忘れかけていたがここは情報センターの事務所だ。いつもやりたい放題だがさすがにバイト中に調味料や何かを机の上に広げるワケにはいかん。
トッピングされているのはチョコレートソース、はちみつ、チョコスプレー、アーモンドスライス、クッキークランチ、それから粉糖。当日はまだ種類が増えるらしい。
「粉糖は美味そうだな」
「これ、サークルの試食会で石川先輩が案を出してくれて、実際にやったらみんな大絶賛でUHBCの自信作なんですよ!」
「ほう? バイト先のメニューから着想を得ているのだろうがな。まあ、ホットケーキに味がついて美味い」
「ですよね!」
「ただ、これなら生地をココアベースにするなどしてほろ苦くした方がいいのではないか」
「そ、それだー! 早速先輩に報告してレシピを研究しないと! ひゃー! その発想はなかったー!」
ありがとうございましたーとわーひゃー騒ぎながら川北はバタバタと走って行ってしまった。いや、非番なのだから構わんのだが。
学内が総じて大学祭モード、センターに自習目的で来ている学生は少ない。B番業務で自習室に籠っているほどでもないのだ。オレは川北の置いて行った丸いホットケーキを摘まみながら、暇を持て余す。
「おはようユースケ!」
「ああ、烏丸か」
「何食べてるの?」
「川北がサークルで大学祭の模擬店で出す菓子だ。ホットケーキはわかるか」
烏丸に物事を説明するときは、何をどこまでわかっているかを確認するのが少し手間だ。この2ヶ月でわかってきたが、烏丸が置かれていた境遇はオレなどの過ごしてきた日常とは大きくかけ離れていて、当たり前だと思っていることが通じないなどは茶飯事だ。
「うん、わかるよ!」
「あれの生地をたこ焼き器で丸く焼いた物だ。追加料金を払うとトッピングを加えることが出来るらしい」
「ホットケーキは高校の寮で食べたことがあるよ。それと、たこ焼きは食べたことがないなあ」
「たこ焼きを食ったことがないのか」
「うん。ホットケーキの生地みたいなのの中にたこを入れて焼くんだよね」
「厳密には違うのだが……よし、大学祭が終わったら川北の部屋でたこ焼きパーティーをやるぞ」
せっかくだから、烏丸にも丸いホットケーキを摘まませた。しかし、甘いし喉に詰まるしでたくさんは食べられないそうだ。いや、もしかするとその食べにくさを利用して少ない個数の提供でコストを抑える手段を用いているのか? いや、まさか。
end.
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大学祭の準備をしてるような話が意外に少ないなあと思って急遽書いて出し。情報センターに見せかけたUHBCのあれこれ。
一度ダイチの贅沢論などをやってみたい。たこ焼きパーティーのときにでも。ミドリがサークルで買わされたたこ焼き器は案外役に立ちそうだなあ。
そして唐突なイシカー兄さん。さすがに学祭前に1回は顔を見せてあるのね。試食会要員としては活躍したんだろうけどチョコソースは無事でしたか?