「わー! すっごーい! ねえねえ、りっちゃんの本棚もっと近くで見てもいい?」
「好きなだけどーぞ」
「やったー!」
自分の本棚を前にして、烏丸サンは異様にハイテンション。特に変わった本棚ってーワケでもないンすけど、見る物見る物がとにかく珍しいみたいスね。
星大の3年生だという烏丸サンは、冴と同じ大学の情報センターでアルバイトをしてるらしいス。細かいことはどーでもいーんスけど、何か冴と仲良くなったらしーンすわ。実家は西京エリアにあるそうなンすけど、年末年始に帰る予定がないとか。
烏丸サンが実家に帰らないだけなら別に個人の自由なんで好きにしてもらって構わないンすけど、問題は烏丸サンの住むマンションに冴が入り浸ってたコトすわ。何もなくたって2週に1回は帰って来てた冴が正月に帰らないと言い出したモンだから土田家ではちょっとした事件だったンす。
で、これに静か〜にキレてたのが長姉の怜サマすね。怜は冴をとにかく甘やかして可愛がってて(……だからきっと冴が過度な自由奔放さになったンすけど)、男の部屋に入り浸って帰って来ないと聞いた瞬間、自分に指令を出して来ヤしたよね、冴を連れ戻せと。
「これ、いろんな本があるけど小説? ばっかりだね」
「小説が好きなンすよ」
「知ってるよ、小説って作り話でしょ?」
「まァー、ノンフィクション小説なんかもあるンで全部が全部じャないスけど、作り話は多いスね」
で、冴を連れ戻したのは良かったンすけど、烏丸サンまで付いて来やしたよね。しかも、謎に自分が懐かれて。部屋に踏み込んだ時は冴とべたべたしてたンでうちでもそんな感じなのかと思ったら、うちじゃ自分の後ろにくっついて歩いてるンすわ。
「小説って文字ばっかりだけど、どう面白いの?」
「そースねェー……物語の中に入り込めるよーになると、文字を読み進めていくにつれ映像がアタマの中で動き出すンすよ」
「テレビみたいに?」
「まァそんな感じス」
「でも、テレビのドラマとかはおんなじ作り話でも見てれば何となくわかるけど、小説は全然入り込めないんだ」
「烏丸サン、社会経験に乏しいっつってヤしたよね」
「うん」
「情報の捉え方スね。登場人物ひとつとっても、映像だと見た目や声がひと目でわかるじャないスか。対して小説は、与えられた文字情報からこっちが想像しないといけないンすよ。その分、どう想像しようが自由なんすわ。これは持論スけど、その想像に必要なのがある程度の知識と経験ス。烏丸サンの場合、社会経験が乏しい分文字列に込められた意味を掘り下げたりイメージすることが苦手なんじゃないかと。特に比喩表現なんかの意味がわかんねーンでないです?」
「すっごーい。うん、俺、比喩は苦手だよ。そっか。知識と経験か」
後ろにくっつかれてるうちに烏丸サンの生い立ちなんかもちょっと聞いたンすけど、まァ壮絶した。そんなことを開けっ広げに喋れるのも精神が一部崩壊してるからなんじャないかと真剣に思いヤしたよね。
自分の文庫本をぱらぱらとめくりながら、どれが俺でも読めそうかなあなんて探してるンすよね。読む気だったンすね、と。まあいースけど。とりあえず、出した本は元あった場所に返しといてくれれば言うことはナイです。
「ねえねえりっちゃん、このDVDは? 表紙、男の人が2人立ってる。映画?」
「これはお笑いの映像スね。漫才コンビの単独ライブすわ」
「お笑いも好きなんだね」
「面白いスよ、お笑い」
「漫才って喋るテンポ早いし、言ってることになかなか理解が追い付かないんだよ」
「しゃべくり漫才スね」
「たまにすっごい擬音ばっかりで喋る人いない? ギュイーンとかブワーとか」
「芸人ってーよりミドリの顔が先に浮かびヤしたけど」
「あ、そうだね。ミドリも擬音多いよね!」
「擬音とオノマトペを多用してヤすよねミドリは。それはそうと、漫才は滑稽な掛け合いの妙で成り立つンすけど、自分が好きな“滑稽”ってーのは救いがないほど下らなさすぎる滑稽ってーよりは、広く社会一般における常識から敢えて逸脱したシチュエーションやボケに対する皮肉であったり、機知だったりするンすよ」
「りっちゃんが正面からだけじゃなくて斜めとか裏側からもそれを見てるってことがわかったよ」
得てして社会学部の人間なんてのは捻くれてナンボ、とはファンフェスの時に高崎先輩が言ってヤしたよね。自分じゃ捻くれてるつもりなんてないンすけど、サークルの連中からの扱いを見るに、自分の評価はそーゆー感じなんでしょう。
烏丸サンは自分のお笑いDVDを並べて、どれが面白いかなあなんて曇りなき眼で訊ねて来るンすわ。正月休みはまだまだありヤすし、いつまでうちに居候するつもりかは知らないスけど片っ端から見せてみてもいーかもしれないスね。
「DVDいっぱい見て勉強したら俺もツッコミ入れれるようになるかなあ。なんでやねん! なんでやねん!」
「やァー、練習に精が出るこって。でも、自分はツッコまれる覚えはこれっぽっちもないンすわァー」
「なんでやねん!」
「ヤ、ですから」
「もうええわ! ありがとうございましたー」
end.
++++
ダイチin土田家です。冴さんと一緒に来たはずなのに、ダイチはりっちゃんに懐いている様子。久々ですね、狂気vsラブピの図も。
りっちゃんにこんだけ無意味なツッコミを入れて許されるのはダイチだからやろなあ……これが神崎とかならラブピだった
擬音ばっかりで喋るのは確かにミドリである。擬音とオノマトペ。それからわーとかひゃーとかの悲鳴めいた叫び声ですね。