今日が彼女の誕生日であるのを意識したのはサークル室に入ってからのこと。当の本人の姿が見えないなりに、みんな菜月さんがどうしたこうしたと賑わっている。
三井も例によってプレゼント攻勢をかけるようだし、野坂が色めき立つのもよくあること。少し違ったのは、残りの2年生や奈々も浮き足立っているように見えたこと。
MMPで最もマイペースなヒロですらも、菜月先輩の誕生日やし今日は特別やよ、と。そして奈々は、前にした約束を覚えててくれたらいいんですけど、と甘い香りを漂わせていた。
そういうイベントに最も無頓着なのはきっと僕だ。誰の誕生日を覚えるでもなく、イベントを起こすでもなく。いや、みんなが張り切ったのはきっとその対象が菜月さんだからだ。みんな等しく無頓着ではある。
「いただきまーす」
「いただきます」
サークルが終わり、帰ろうとした僕を引き留めた菜月さんが一言。まだみんな、誕生日の空気を引きずっていた。ラーメンが食べたいというその言葉も、次を考える必要はない。
誕生日なんだしもう少しいい物を食べてもいいと思うけど。そう言えば、奈々のアップルパイはいい物だったじゃないかと諭される。確かに、シナモンの利いた菜月さん好みのアップルパイは美味しかった。
「奈々とどんな約束をしてたんだい?」
「奈々は自分でアップルパイを作るって言うから、それならいつか作って来てくれないかっていう話だ。えーと、9月とかそれくらいに」
「へえ。でも、菜月さんは幸せ者だね」
「ああ、そう思う」
きっと彼女は、今日の幸せを思い返しているのかもしれない。ラーメンの上に乗る野菜炒めを鶏ベースの塩味スープと一緒に噛みしめながら。でもそれは、奈々のアップルパイだけがもたらした物でもない。
「誕生日だから何が変わるってワケでもないんだけど、何かさ」
「ん、わかるよ」
「適当に言ってるだろ」
「そんなことないよ。祝ってもらえるのは、嬉しいものだよ」
この際、それが三井からの押しつけがましい祝い方でもカウントしておこう。誰にも気付かれずスルーされるのも哀しいし。本当に、何があるでもないんだけど。何だろうね。
「今年、って言うか3ヶ月前? 圭斗の誕生日にメールしたじゃん、ラーメン食べに行こうって」
「そうだね」
「ああいうのでも嬉しいのか?」
「そうだね。特に僕の誕生日は大学が夏休みだから、人と会うことも少ないだろう? そういう時期だし尚更声をかけてもらえるのは嬉しいよ」
お前も案外構ってちゃんなんだな、と麺に蓋をするように覆い被さる野菜炒めを食べ進める彼女を見ていると、君だって人のことは言えないじゃないかとは思うけど、言わない。
ブブブ、という小刻みな音と共に、テーブルが揺れる。彼女の携帯電話が震えて、何かの受信を知らせている。サブディスプレイに光るその名前に、彼女は一言ゴメンと断りを入れた。
右手に箸を握ったままカコカコとメールを打つ彼女の左手は忙しない。普段は食事中に携帯を見るような人ではないのだけど、すぐにでも反応しておきたい文言が躍っていたのかもしれない。
「圭斗」
「何だい?」
「確かに、誕生日だからってご飯とかに誘われると嬉しいな」
「今からのお誘い?」
「今日はさすがに遅いから、俺が迎えに行くし今度どこかに行かないかって」
「……行きつけのカフェで甘い物でもごちそうになるといいよ。それと、冬の二輪で風邪をひかないようにね」
彼女は何で相手が割れたんだと目をつり上げるけど、そもそも菜月さんの人脈で彼女を乗せることの出来る乗り物を持っている男は限られる。「俺が」と言わなければ美奈の可能性も消えなかったけど。
「何はともあれ菜月さん、誕生日おめでとう」
「――ということで、ここを出してくれたりは」
「しないね」
end.
++++
菜圭祭もいよいよ明日で終わるのですが、やっぱり期間中に菜月さんの誕生日を迎えるとなれば、ねえ!
そして菜月さんと圭斗さんのお食事と言えばラーメンが基本! いや、もちろん他のところにも行くけどナノスパで見える部分はラーメンが多いよね。
そしてこの話のうまーポイントはラーメンもだけど奈々のアップルパイだと思うの。菜月さん好みでシナモン強めにしてあるのはノサカにも負けない奈々の先輩愛!