「わかってない……わかってないよ!」
慧梨夏が荒れている。ふるふると拳を震わせギリギリと歯を食いしばっている。何をこんなに怒ることがあったのだろうか。ただ、慧梨夏が本気でキレることはそうそうない。
今まで慧梨夏が本気でキレたのを見たのは一度だけ。あれは忘れもしない高校1年の頃、学祭の準備に追われてバタバタ走り回っていた慧梨夏を後目にクラス展示の準備をサボって遊んでいた俺に対する物だ。
教室に大きく響きわたった風船の割れる音と、直後、すべてが凍ったんじゃないかってほどの静寂。そして慧梨夏の鋭い視線。無言ですべてを威圧する、それが慧梨夏の本気切れ。それと比べれば、今は本気では怒ってないだろう。
「で、どうしたんだ?」
「今日ね、バイト先に子ども連れが来たのね。ベビーカーに子供乗せたお母さんがアニメのDVD借りに来てたの」
「よくある光景じゃん」
「問題はその先だよ。自分で歩くことも出来ないくらいの年齢の子どもを金髪にするか!? 最近よくいるっちゃいるけどいつ見てもあれは疑問だわ」
慧梨夏が首を捻っていたのは、どうやら子どもが小さいうちから髪をギンギンに染めるような親の存在のようだった。慧梨夏が首を捻る度、真っ黒なポニーテールが揺れる。思い返せば、確かに最近は街を歩いていてもおしゃれな子どもが多い。
自分たちがやっているようなことをそのままミニチュアにしたような感じか。少なくとも自分たちが幼稚園年齢の頃はそういうことをあまり意識しなかったような。
浅浦は今思えばそのままデカくしても通用すると思うけど、アイツは単に昔からシンプル好きだっただけだ。今も昔も変わらない黒基調。
「そもそもだよ、この民族ってよほどのことがないと金髪とか明るい茶髪って似合わないんだよ! せっかく子どもの髪って細くてさらさらできれいなのにそれを親が奪うってどーなのよ!?」
「まあ確かに、自分で意思表示も出来ない子どもは親の主観に任せるしかねーもんな」
「うちが黒髪萌えだとかそーゆー事情を抜きにしてもどうかと思うわ。もし子どもが将来おとなしい性格でシンプル好きとかに落ち着いたらどーすんの? 子ども時代の写真とか動画見たら黒歴史だしグレるよ。子どもの金髪が天使みたくてかわいいのはそれ相応の人種だから! でも子どもをおもちゃにするためだけに外国の人と結婚しようとするのも超ナンセンスだし犬猫と同じ感覚で子ども遊びしてるようにしか映らないし生きるフィギュア感覚じゃん。で、自分の思うように育たなかったら子どもに対してキレるとかすべては自分が着飾るためのアクセサリーか何かと思ってんだよ。子どもの金髪はおしゃれのうちには入らないしそれをしてもらえることが親からの愛情だとは到底思えないんだよね他はともかく染めることに関しては」
慧梨夏の熱弁に押されていたのは紛れもなく俺で(って言うかどこで息継ぎしてたんだ)。
子どもの髪ひとつでここまで熱くなるのかと意外に思ったというのも内緒の話だ。ただ、こういう部分をしっかり考えてくれるんだなと、やっぱり慧梨夏は頼れる子なんだよなあって再確認。
そして一方的にまくし立てた後、慧梨夏はフォローするようにまた口を開いた。金髪にすることは人の勝手だしそれ自体を悪とするつもりはないけど、子どものうちしかない物を探してみるのもいいんじゃないかなあ、って。
「何か俺、安心した」
「意外に萌えがどうこうって言わなかったから?」
「それもあるけど、まあ、将来的なこと?」
「何なら萌え主観込みの延長戦、行く? 子どもの細くてさらさらの黒髪で、さらにツインテールとかすごくかわいい」
「いや、勘弁してください」
慧梨夏と結婚して、子どもが生まれたら。萌え主観どうこうを抜きにしてもしっかりと育児が出来そうだなって。そんなことを考えてたとか言ったらまた呆れられますかね。
でも、もし女の子が生まれたら、確かに黒髪のしっぽは見たいんだ。親子でしっぽを揺らしてるところを想像したら、ほら。
end.
++++
何やかんやでこのバカップルはバカップルですから。そして慧梨夏の長台詞は例によって斜め読みくらいが正解です。
子どもの髪の毛って本当に細くてきれいですよねえ。ツインテかわいいです。
ああそうそう、この人ポニテフェチなんですよねそーいや。ポニテ自体もそうだけど、ポニテを作る工程すべてが大好きだよ!