「わかってない……わかってないよ!」

 慧梨夏が荒れている。ふるふると拳を震わせギリギリと歯を食いしばっている。何をこんなに怒ることがあったのだろうか。ただ、慧梨夏が本気でキレることはそうそうない。
 今まで慧梨夏が本気でキレたのを見たのは一度だけ。あれは忘れもしない高校1年の頃、学祭の準備に追われてバタバタ走り回っていた慧梨夏を後目にクラス展示の準備をサボって遊んでいた俺に対する物だ。
 教室に大きく響きわたった風船の割れる音と、直後、すべてが凍ったんじゃないかってほどの静寂。そして慧梨夏の鋭い視線。無言ですべてを威圧する、それが慧梨夏の本気切れ。それと比べれば、今は本気では怒ってないだろう。