「おーい、高崎ー! たーかーさーきー!」
買い物をしてアパートに戻ると、下の部屋を訪ねる人の姿がある。背は多分俺より高い。185くらいかな。顔もガタイもいい。髪は長い。無造作と言えば無造作だし、ワイルドとも取れるけど。
その人が高崎先輩を呼びながらドンドンと扉を叩く姿に、普段俺がされていることを想う。そもそもあの人は今、部屋にいるのか? 駐輪場を覗くと愛車はあるし、いるみたいだけど。
「あれー? いないのかなー、高崎ー、おーい」
部屋にはいるはずなのに待ちぼうけを食らっているこの人があの人の何なのかはわからないけど、このクソ寒い中で待たされているのは可哀想と言う以外にない。
あの人がここまで反応しないからには寝てる可能性が一番高いんだろうけど、タイミングが悪かったということでこの人の今後の健闘を祈って階段に足をかけた瞬間だ。
「あっ、お兄さんちょっといーい?」
「えっ、俺すか?」
「うん」
「何すか?」
「さっきから俺のことずっと見てたよね。この部屋の住人に心当たりあったりする?」
バレてた、だって…!? いつもは存在感が薄いだのいることに気付けないだの酷い扱いを受けてるのに、俺がそこにいてじっと見ていたことがバレてただって!?
話を聞くとこの人は高崎先輩の中学からの友達で、今日この時間に部屋に招かれていたらしいんだけどこの結果。滅多に部屋に他人を入れないあの人が部屋に入れるだけに、深い関係のようだ。
「ビッグスクーターがあるんで部屋にはいるはずなんすけどね。あ、俺はサークルの後輩なんすけど」
「高崎、寝てるのかな」
「多分そうだと思います。鍵開いてたら入っていいと思いますよ。春は許可もらってたんで、冬も適用されるかと」
「でも俺は許可もらってないからね、ちょっと見てくれる?」
恐る恐るドアノブをひねると、やっぱり鍵が開いている。部屋にはあの人が好きなバンドの曲がかかっているけど物音はしない。ベッドに目をやるけど姿はない。風呂も、トイレも静かだった。
残る砦は部屋の大部分を占める四角い熱源。360度、ぐるりと周回しながら部屋の主を捜せば、僅かに頭がはみ出ている。ああ、手遅れだ。冬の魔物に取り込まれている。卓上には、ホットミルクを飲んだ跡。
「どーだったー?」
「いるにはいたんすけどね」
外で縮こまってガタガタ震えているあの人に結果を伝えると、まいったな、と頭を掻き毟った。ただ、アイツが俺を呼んだからには起こす権利がある、と部屋に乗り込もうとするのだ。
「高崎先輩を起こすんすか…!? 殴られるっすよ」
「大丈夫、殴られ慣れてるからちょっとくらいならヘーキヘーキ」
「はあ」
「って言うか俺もこたつでぬくぬくしたい」
「本題はそっちっすね」
「それを抜きにしても明日からは仕事だし今日しかないんだよ。だから殴られようが蹴られようが起こすしかないんだよね」
ありがとねーという言葉には会釈をひとつ返し、俺は自分の部屋へと戻る。冬の魔窟へと消えていったあの人は、果たして戻って来られるのだろうか。数時間後、足の裏で感じる魔窟の蠢きに呼ばれたのは、また別の話。
end.
++++
まさかLと拳悟で書くことがあるとは思わないじゃないか。高崎の部屋の前のあれこれ。
まあこれは結局どういう話なのかっていうと、「こたつ怖い」に尽きるのかなと。高崎がこたつで寝てるだけの話ね。
こたつで寝てた高崎が風邪をひいてしまえばいいんじゃないかな、風邪をひいてしまえ!