上も隣も、斜め上からも人の気配が完全に消えた。4部屋あるこのアパートに残っているのは俺一人になっちまったらしい。年末年始は、誰の迷惑になることもなく悠々と過ごせる時間だ。
することもなく、とりあえずは昼間から酒を飲もうと冷蔵庫に手をかけた瞬間だ。インターホンが鳴り、扉がドンドンと叩かれる音。新聞か宗教の勧誘か何かか? 年末だってのにヒマな連中だな。
「たーかーさーきー!」
俺を呼ぶこの声には聞き覚えがあった。と言うか最近高校の集まりで会ったばかり。そして感覚を失いつつあった曜日を思い出せば、今日は月曜日。奴で間違いないだろう。
「何の用だ、拳悟」
「あー、いた高崎ー」
上がっていーい? と俺の返事を待たずに部屋に上がり込んで来た奴の勢いは相変わらずだ。その手にはコンビニの袋が提げられていて、人の部屋でくつろぐ気なのが見て取れる。
「何しに来た」
「お前ン家行ったらさ、帰ってないって言うからこっちかなーと思って来てみたの。そしたら案の定帰る気ないみたいだしさ」
「帰るのもめんどくさくてよ」
「もー、着る毛布なんて着ちゃってさ、動くすら気ないっしょ」
「誰かが「着る毛布はダメ人間製造機だ」っつってたような気ぃすっけどよ、確かにこれはダメなヤツだ」
拳悟にこの部屋の場所を教えたのは失敗だったような気がする。野暮用で1回呼んだらこうだ。これからも奴がヒマになるとこうやって押し掛けられるようになるのだろうか。
奴が提げてきたコンビニの袋から出てきたバニラアイスをありがたくいただいてしまって、完全にダメ人間と化している俺がどうこう言えることでもないのだけど。
「ねー高崎この部屋チョコソースとかないの?」
「ねえよ。チョコレートリキュールとかコーヒーリキュールならあるけどな」
「じゃあそれでいいや。アイスにかけるからちょっとちょーだい」
「――ってお前車で来てんだろ、ンなモンかけるとか帰る気ねえな」
「え〜、いいじゃん休みなんだし〜、心配しなくても明日は仕事だから勝手に帰りますぅ〜」
「このダメ人間が」
「今の高崎には言われたくないなあ」
それを言われてしまうと事実だけに反論は出来ない。
着る毛布を装備してからはただでさえ寝てばかりいたのがさらに寝て過ごすようになった。寝てるのが最高の幸せだから飯を食うとかどうでもよくなって。
拳悟の持ってきたこのバニラアイスが水を除いて32時間振りの飲食だ。こたつにバニラアイスは至高だと誰かが言っていたような気がするけど、確かにこれもダメなヤツだ。
「ダメだ、起きてるのもだりィし食うのもだりィ」
「えー!? アイスすでに結構溶けてるじゃんお前の」
「お前がリキュールでダバダバにすっからだろ」
こたつの熱と着る毛布に包まれる感覚に襲われて、また目蓋が重くなってきた。横になって、虚ろな目で文句を垂れる拳悟を見ているけど、ブーイングも遠くなってくる。
うとうとしていると、甘い波に浸食される感覚に襲われる。冷たさが口の中に広がり、液体が喉奥に流れ込む。入ってはいけない気管にその液が流れこんで初めてこっちに意識が引き戻される。
「げっほげほっ! げほっ!」
「高崎ー、起きたー?」
「拳悟てめェ、何しやがる……げほげほっ」
「溶けたアイスを飲ませた」
「げほっ、あー、死ぬかと思った」
「あーもう高崎、口元。飲めなかったアイス垂れてるよ。うわ超涙目、ゴメーン」
「次やったら殺すぞ」
「はーい」
とりあえず、最善の対策は隙を見せないように努力すること。名残惜しいけど着る毛布は脱ぐことにした。このアパートに人の気配が戻るまではとことんダメ人間でいようと思ったのに、なかなかそうはいかないらしい。
end.
++++
いや、着る毛布を着てなくても真昼から酒を飲もうとする辺りで十分ダメ人間だと思いますよ高崎さん!
高崎をイジくり回せるのは対策コンビの石川&洋平ちゃんじゃなければこの川崎拳悟ですね。その辺は幼馴染パワーということで……
と言うか32時間振りの飲食って高崎どんだけ寝てるんだ……着る毛布、誰か没収してあげてよお……