「おはようございまーす」
「んー」
開く扉を見ることもなく、声だけで挨拶を返すその人の様子からすると、何か考え込んでいるのだろう。鉛筆をかじって、指は強く机を叩いている。まるで、ピアノの鍵盤を叩くかのように。
「川北、悪いがコーヒーを頼む」
「はーい」
春山さんは書類仕事をしているようだ。書類仕事は、バイトリーダーの重要な仕事のひとつ。リーダーの仕事には他に、バイトのシフトを組んだり職員の人とのやりとりがあったり、いろいろ。
お湯を沸かしながら行事予定表のホワイトボードに目をやると、今が繁忙期だということを思い出す。蛍光イエローのスタッフジャンパーを羽織り、いつでも外に出られるように。
「川北、来月はどうだ?」
「来月はまあ、今のところ特に」
「実家に戻るなら早いうちに申告しろよ」
「はーい」
「あと、この紙を外の掲示板に貼り出しといてくれ」
手渡された紙を見ると、情報センターからのお知らせだった。それは、新規アルバイト募集の掲示。時給1000円だとか、授業の合間に入ってくれだとか、業務内容について書かれている。
それを貼り出して事務所に戻れば、ちょうどお湯が沸いた。春山さんのコーヒーと自分のほうじ茶を淹れて、束の間の安息を。いや、俺はまだ仕事を始めてもいないけど。
「新しくバイトを募集するんですね。このセンター、そんなに人がいないんですか?」
「人がいないと言うか、4年が抜けるからその補充だ」
「そっか。でも、春山さんがセンターからいなくなるイメージはないですよねー」
「お前までリンみたいなことを言うのか」
「林原さんがそう言うってことはみんなの意見でいいと思いますよ」
すると春山さんは、シフト表の下に敷いていた別の書類を俺の前にスッと差し出して、こう聞いてきた。――この空欄に、誰の名前を埋めるべきだと思う?
その書類はシフト表なんかよりもずっと重要な物だった。春山さんの指した空欄に書くのは、次期バイトリーダーの名前。そんな物をただの1年に聞いてしまうなんて。いや、みんなに聞いてるのか?
「基本的には今の3年から選出される。率直に言え」
「うーん…と、やっぱり林原さんですかね」
「はい、それじゃあ次期バイトリーダーはリンにけってーい」
例の空欄にさらさらと林原さんの名前が書き込まれ、春山さんのハンコが押された。わー、と春山さんがぱちぱちと拍手をしているから、何となく俺もそれに合わせて拍手をする。
「――とまあ、来月からはB番の主がシフトを組むことになるから、お前たちはA番を担当することが増えるだろう。ま、ブラリ登録等々上手くやってくれ」
「あー! そういうことか!」
「でも、お前はなかなか筋がいいぞ。何だかんだリンの暴走を食い止める印象がある。川北、今日はA番だったな。今から私の後継として、リンの対策講座を開講しよう」
「オネガイシマス……」
学年が上がると人も入れ替わって、そういう事態になるとは想定していなかった。今まではA番の主とB番の主の間で板挟みになっていただけだったけど、これからは自分で戦わなくてはいけなくなるのか。
「川北、来たなら少し交代してくれんか――っと、今日はA番だったか」
「スイマセン林原さん」
「いや、今のうちにA番の極意を学んでおけ」
end.
++++
情報センターもね、3人目が入ってくると同じ時期の似たようなネタでも話がちょっとずつ変わってくるよね!
ミドリとしては、リン様は頼りになる先輩だけどブラックリストどうこうに関してはやっぱり怖い、というところがちょいちょい。
いなくなるような気がしない先輩、という人はたまにいますよね。春山さんもそうだけど、来年の今頃リン様もそう言われてそうねw