「ほえ〜、すげーなー」
カチッ、カチッというクリックの音と、感嘆の溜め息が書斎代わりにしているロフトを包んでいた。俺はそれを眺めながら、クッションに寄りかかり、いつも通りの読書の時間。
この腐れ縁が何をしているのかと言えば、迫るバレンタインに向けた必勝レシピの検索。それをどうして俺の家で、言ってしまえばコイツも一応男なのにそんなことをしているのかは不可解だ。
「なあ伊東」
「ん?」
「それ、自分の部屋でやるんじゃダメなのか」
「わかってないな、浅浦」
伊東が言うには、自分の部屋で調べ物をしたんじゃ彼女の目がいつどこから出てくるかもわからないし、検索履歴で足を辿られる恐れがあるから下手なことは出来ないと。
それなら履歴を消せばいいだろうと思うが、アイツの部屋のパソコンはほぼ彼女と共用になっていて、勝手に履歴を消そう物なら怒られかねないとのこと。立場がないな、知ってたけど。
「まあ! そういうことだから浅浦、協力に感謝する」
「そうは言うけど、あの人がここに来ないって保証もないだろ」
「俺とお前が2人でいるとかいう絶好の萌えシチュエーションを邪魔する確率は低い。腐女子様々だ」
「彼女の性質は逆手に取ってるんだな」
今年のバレンタインはちょっと凝ったことをしたいと言いながらいろいろ調べている伊東の様子を見ていると、コイツがどこへ向かっているのかわからなくなってくる。
「仮に俺のパソコンの検索履歴に「バレンタイン レシピ」なんて残ってるのを発見されてみろ」
「彼女の楽しみが半減するな」
「いや、慧梨夏のパターンならお前や高ピーを巻き込んだ妄想が膨らみに膨らんでまたしばらく放置されるヤツだ。バレンタイン当日ですら「旦那はどうした」とか言いかねない」
「想像に難くないのが何ともな」
「だから安全圏での作業なんだ。あ、お菓子作る練習もさせてな」
「ここでか!?」
甘いのが食えない人間の部屋でバレンタインにあげるお菓子を作る練習をするとか拷問だろ。甘ったるい匂いが部屋に充満して、しばらく気分が悪くなりそうだ。
そんな懸念を抱く俺を後目に伊東のレシピ検索は続く。良さそうな物がないか、コロコロとマウスホイールを回す音が激しく響く。人のマウスを壊してくれるなよ。
「おっ、いいのあった」
「見つかったか」
「ゲームのキャラクッキー的な。技術的には出来そうだけど、問題は俺の絵のセンスだなー」
彼女が喜びそうな物を見つけたのに自分のセンスが追いつかなさそうだと肩を落とす伊東が少し可哀想に見えてきた。でもしばらくそれを眺めていると、解法が見えてくる。
「でも昔懐かしのドット絵的だし、絵と言うよりは製図のような感じでやればいけそうじゃないか? 金太郎飴的な感じで輪切りにして」
「だな。いつもの渦巻きの要領でやれそうだ。ちょっと試作してみるかな。甘味抜くから今からここで作ってもいいか? 協力してくれ」
「お前、俺が製菓全く出来ないの忘れたわけじゃないよな」
「そこまでやれとは言ってねーよ、場所の提供と食うのを手伝え。あ、買い物行かないと。車出してくれ」
バレンタインまではもうしばらくこの試作大会に付き合わされるのかと思うと、憂鬱で仕方ない。だけど、試作大会のためとは言え伊東と彼女が一緒にいる時間が少なくなるということは……当日の反動は凄いことになるかな。
end.
++++
そろそろいっちークッキーも凝ったことをする段階に入ってきた模様。巻き込まれる浅浦クンも大変だなあ
いっちーがよくやるのは市松模様みたいなのと渦巻きと星型のクッキー。星型は果林受けがよかったので定番化した一例。
慧梨夏の性質を理解しているからこその萌えシチュエーションの提供……まさに肉を切らせてナントヤラですね!w