「菜月先輩、おはようございます」
「おはようノサカ」
「今日の昼食はサンドイッチですか」
「さすがにこの時期は食堂で悠々とご飯を食べるのも難しいからな。ったくどいつもこいつも、テストだからって出てきてるんだな」
「その言葉、菜月先輩にもそのままお返しします」
テストが近くなると一気に上がる人口密度。食堂も食事をする人だけならまだしも、勉強のために陣取る学生で常に埋め尽くされていて実に迷惑な話だ。
人混みが嫌いな菜月先輩は、そういった人の波に揉まれながら食事をするくらいなら大好物の塩ラーメンを諦め、場所を選ばずに食べることの出来るパンを食べることにされたらしい。俺もそうしよう。
「えっと、卵、ハム、キュウリ、っと」
「何を確認されているのでしょうか」
「原材料だ」
そして菜月先輩は、サンドイッチ片手にラベルシールとにらめっこし始めた。見る限り、ごく普通のタマゴサンドとハムサンドに見えるけど、何をそんなに一生懸命になっているのだろう。
確かに菜月先輩は偏食気味で、特に生野菜が大嫌いなのは知っている。だけど、天地がひっくり返っても食べられないと仰るトマトが入っていないサンドイッチの何がそんなに用心深くさせるのか。
「マスタードとかからしマヨネーズが入ってると食べられないんだ」
「えっ、菜月先輩マスタード系が苦手でいらっしゃるんですか!?」
「何をそんなに驚くことがある」
「いえ、菜月先輩は辛党ではありませんか」
「唐辛子の辛さとカラシやワサビはまた別件なんだ」
菜月先輩と言えば、カレーパーティーでも一人だけ段違いの辛さのルーを用意されるし、激辛ラーメンとかそういった類の物も顔色ひとつ変えず平らげる超辛党だと思っていたのに!
マスタードや辛子マヨネーズ、そしてワサビと言った薬味系の物がお嫌いでいらっしゃるという新たな発見に、正直興奮している自分がいる。ツンとするのが苦手だなんて、なんて可愛いんだ!
「うち、昼放送のオンエア日はたまにパンを買ってただろ。ウインナーロールはよく買ってたけど、粗挽きウインナーロールを食べてるのを見たことがあるか?」
そして思い返すのは、学食の事務所でのこと。ふわふわのパンに包まれたウインナー。ケチャップがかかっている、それ。ウインナーに刺されている串を持ってご機嫌な表情は昨日のことのように蘇る。
「そう言われてみれば。確かに粗挽きウインナーロールはマスタードが使用されていますね」
「ワサビとかカラシを普通に食べれる人はどんな特殊訓練を受けてるんだろう」
ラベルとにらめっこする中でハムサンドにカラシマヨネーズという表記を見つけた菜月先輩は、また別のパンに照準を合わせている。
唐辛子とワサビやカラシは感じ取る刺激がまた別物なのだろうか。俺にはその違いがよくわからない。どちらも過度に摂取すると舌がバカになるじゃないか。
「やっぱりウインナーロールに落ち着くな」
「定番ですからね」
「お前はどうするんだ?」
「そうですね、ボリュームを重視したいのでコロッケパンでしょうか。ところで菜月先輩、トマトが食べられない割にケチャップは大丈夫なんですね」
「確かにトマトは嫌いだけど、調理法によらないか? ケチャップは原型がなくなってるし、鶏肉のトマト煮とかトマトベースのスープやパスタは大好きだ」
レジに並びながら、菜月先輩は学食でゆっくりとラーメンが食べたいなと呟いた。テスト期間中は難しいでしょうねと返せば、いっそ夕飯でも構わないと。
「塩ラーメンもいいけど台湾ラーメンもいいな」
「台湾ラーメン、結構辛くないですか?」
「台湾ラーメンとは名ばかりでただの肉味噌ラーメンだとばかり思ってたけど」
「やっぱり基準が違いすぎますね。菜月先輩は何なら辛いと感じるのですか?」
「粗挽きウインナーロールとか」
「あんなに美味しい物を!」
「やっぱり、塩ラーメンが至高の幸せだな」
end.
++++
何だかとても久しぶりに菜月さんのお話だったような気がします。ノサカも久しぶりに見ている気がします。
さて、火曜日と言えばこのペアなのですが、どうやらパンは菜月さんにとって妥協案だったようで。でもウインナーロールは美味しいよねっていう。
辛党だけどマスタードやワサビが苦手な菜月さんをかわいいかわいいって内心どたんばたんしているノサカも大概かわいい。