「美奈、お前はプレッツェルを食べるか?」
「プレッツェル…?」
パンパンになった紙袋を提げてやってきたリンが、私の姿を見つけるなりに放った言葉が、その袋の中身を推察させる。そもそも、リンが人に食べ物を勧めるという事がとても珍しく思う。
「どうしたの、これ……」
「情報センターの先輩から押しつけられた。その人も知り合いのバンドマンからケース単位で押しつけられて処理に困ったとかで」
「それで、私に…?」
「ああ。センターの事務所で少し摘んだが、甘い物ではなかった。塩気が少し強いかもしれんが、コーヒーには合うだろう」
お言葉に甘えて紙袋の中から一袋を取り出し、さっそく開けてみる。輸入菓子店で買った物であれば日本語のシールが貼ってあるけど、それがないということは現地で買ったのかもしれない。
ひとつ食べてみると、確かに塩気が強い。どこの国の物だろうとパッケージ裏の表記を見てみるけど、よくわからない。フランス語だったら第二外国語で履修していたからわかったのに。
「リン、これ、どこの国の…?」
「ドイツだったか」
「ドイツ……」
「先輩曰く有機栽培された小麦やら天然の塩やらを使用したオーガニックプレッツェルらしいが、如何せん言語が読めんからな」
リンが勧めてくれた通り、甘い物ではなかったから私の手もついついのびていた。だけど、食べていると口の中の水分が取られてしまう。これを食べるなら、飲み物の用意は必須。
「どうだ、美奈。全部とは言わん。引き取ってくれないか」
「……わかった」
紙袋の中から2つ3つもらって、それらを机の中と鞄の中に忍ばせた。リンはもっと持って行っても構わないと言うけど、単価もわからないし、さすがに少しは遠慮した方がいいと思った。
このプレッツェルは確かに美味しいけど、ハマってしまうと今もらった物がなくなったときに、困ってしまうというのもある。入手が難しい物だから、ほどほどが一番。
「本当にそれだけでいいのか」
「え…?」
「もっと持って行け」
「リン、自分は…?」
「情報センターに行けば手つかずの物がまだ鬼のようにあるからな。ケースがそのまま置いてある状態だ」
「そういうことなら、遠慮なく……」
どさどさと机の上にプレッツェルの山が出来ていく。私はそんなに間食をする習慣がないけど、賞味期限にはまだ期間があるし、ゆっくりと食べていくことにした。湿気らない程度に。
「でも、こんなにたくさん……」
「心配は要らん。一袋100円ほどの物を大量購入しているから単価はまだ落ちる。今お前に渡した分は1000円にも満たんだろう」
「今度、何か返す……」
「気にするな」
「でも」
「どうしてもそれ相応の物を返さねば気が済まんと言うなら、紅茶に合う菓子でも見立ててくれ」
今度何か紅茶に合いそうな物を持って来ると言えば、楽しみにしていると彼は笑みを見せてくれる。果たして私は期待に応えられるだろうか。自信はないけど、やらなければ始まらない。
「美奈。それか、オレはいつものスコーンかざっくりとしたチョコチップクッキーが食いたいな」
「わかった……今度、作ってくる……」
end.
++++
去年もこの時期に美奈が変わったものを食べていたように思うのですが、今年はプレッツェルでございます。
春山さんの友達ならきっと変人だろうと、プレッツェルも山のように届いたことも想像に難くありませんでした。まあ、この年代のノリってヤツだよね。
リン美奈がおいしくてたまらないのですがどこぞの狸げふん石川兄さんはどこへ行ったんですかね、まだ来てないんですかね