「野坂、アンタ何か隠してるでしょ」
俺はそんなに分かりやすい顔をしていただろうか。果林からの尋問に、閉じた携帯の奥にあるその文言がフラッシュバック。俺が何を黙ってるって、初心者講習会前日という今日この日に届いた不穏なメールだ。
議長と委員長の間で対策のあれこれに関する隠し事はなしだと言われてしまえば、出さなければならない。お前はただでさえ隠し事の出来ない顔なんだからと突きつけられた現実。
「野坂、これケータイ文字サイズなんかなんないの」
「デカくすんのチマくすんの」
「一回り小さくして。スクロールめんどい」
さっき受信したとんでもない長さの長文メールを開いて果林に差し出せば、文字サイズに対する苦情が飛ぶ。少し大きな字でないと、決して視力が良くはない俺の裸眼では見づらいという事情もある。
ただ、字を大きなままにしているとスクロールが面倒だというのもまた事実だった。尤も、そこまで気合いを入れて読みたい文言ではない。小さな文字で流し読みするくらいがベターだった。
「はい出たー、ですよねー」
「先日菜月先輩が借りていただいた高崎先輩のお言葉を力強く何度も反芻することで何とかやってる」
「なっち先輩の中の高ピー先輩は、何て?」
「関係ねえ、言わせとけと」
「さすがなっち先輩、高ピー先輩をわかってるなあ」
このメールというのが三井先輩からのお叱り文だ。今のインターフェイスは気持ちがなってないというようなことを、小さくした文字表示でも3〜4回はスクロールを必要とする長さで。
この長さ、菜月先輩とのメールだったら幸せ以外の何物でもないのに、三井先輩が一人で理不尽にキレていらっしゃるからどうすればよいやらわからずに、心で苦虫を噛み潰していたのだけど。
「アタシの中の高ピー先輩はね、陰口とか一方的にキレたメールを送るとかするのはレベルの低い奴が高い人に向かってやることだから、やられた時点でアンタの勝ち。そう言ってる」
「三井先輩の言うことの全部が間違ってるワケじゃないんだけど、今の3年生から何を学ぶことがあるんだみたいなことが書かれてたじゃんか、学ぶことを見いだすのも能力じゃないのかって俺は思うよ。人を見ることも出来ないで番組なんか作れっこないだろ」
「野坂、アンタそーゆーいいことを会議中に言わないので結構損してるよね」
意外と熱いトコあるよね、アンタって。そう言って果林は俺の手に携帯を戻してくれた。ただ、そういう熱い部分を開放せず内に溜めるのはあまり良くないとも。
「アンタが本音を言いにくいんだったら、アタシが代わりに言ったげる。たまには主張しなきゃ、アンタだって。議長だからってみんなを支えたり守ることばっかやんなきゃいけないワケじゃないっしょ」
「果林」
「アンタだってこの対策委員で自分の意見を言っていい。立場が立場だから何かあったら今みたいに槍玉に上げられるかもしんないけど、そうなったらアタシも楯になる」
果林の目は、とても力強い。正直、一人だったらこのメール攻勢に耐えられなかった。何か悪いことをした覚えもないけど、きっと俺は俺足らしめる物すべてがダメなんだって。
ほんの少しだけ、目頭が熱くなる。ただ、今はまだ何も光らない、死んだ目のままであって欲しい。わかりやすい顔だと言われたばかりで、泣きそうになってるなんてバレたくない。
俺は、まだまだだなあと思う。人に心配や迷惑をかけてばかりだ。だけど、こうやって共に歩いてくれる人を受け入れることは、決して甘ったれてはないですよね、菜月先輩。
end.
++++
菜月さんと高崎がそうだったように、ノサカと果林も互いにうまくやっていけたらいいなあと思ったよね。
そしてそんな初心者講習会前日の対策委員、と言うかノサカと果林。どうやらノサカは隠し事が出来ない顔らしい。ナノスパ何年目?忘れた、にしてようやく?作中明かされる事実(あやふやーん)。
三井サンは三井サンなりに悪意は全くないのだけど、対策委員のメンバーとは最初からすれ違っていた部分が少なからずあったようです。