「確かに、時代は変わるものだし学年も上がって立場も変わったけど。毎年のイベントだと思って素直に帰ってきたアタシがバカでした、ええ」
「ホントにゴメン育ちゃん、この埋め合わせは」
「ワールドカップが終わってからでいいよ」
「スイマセン助かります」
呼び出されたのは緑ヶ丘大学国際センター・MICのカフェテリア。周りには外国人の人がたくさんいて、日本語以外の言語がこれでもかと飛び交っている。
差し出された紙袋は本来こないだ行われる予定だったミキサー飲みで手渡されるはずだった物。育ちゃんの旅土産。その日のイベント開催を信じて帰って来てくれていたみたいだけど。
6月6日は育ちゃんの誕生日で、7日が俺の誕生日。人の誕生日を飲み会の口実にするのは別に今に始まったことじゃない。俺たちが1年の時から6日から7日にかけてミキサー飲みが開催されていた。
だけど今年は諸々の事情でそれが延期に。どうやらその連絡が育ちゃんには回らなかったらしく、Lの部屋に乗り込んだ時の静けさに呆気に取られたと。
「7日が初心者講習会だから、さすがにその前日はーって」
「アンタ、彼女さんにもデートの埋め合わせしてたんでしょ?」
「ちょっ、何で知ってんの!」
「名前何だっけ、ばったり会ったミキサーのメガネっ子が言ってた」
「タカシ〜…!」
タカシも多分高ピーか果林辺りから聞いたんだろうな。誕生日デートもふいになって、その埋め合わせを7日になる瞬間と後日、ワールドカップが始まる前にするっていう話は。
「いやあ、ラブラブで結構。さぞ糖度と密度の高い過ごし方をしてたんでしょうねえ」
「ううん、割と普通」
「そっか、デフォルトだったもんね。失礼」
1日中一緒にいるっていうのは後日開催だし、夜の部が7日になる瞬間と後日の2回開催されるっていうだけで、そんなに特別なことは何もしない。誕生日を跨ぐのは優先したけど。
「育ちゃん、Lの部屋に乗り込んでどうしてたの?」
「Lを巻き込んでロールケーキ食べてましたよ。コンビニ入ったら6月6日はロールケーキの日とかって書いてたから」
「マジで」
育ちゃんとLが2人でロールケーキを食べてる光景というのも想像するとなかなか面白かった。今度ミキサー飲みやるときはロールケーキでも焼いて持ってこうかなあ。
ただ、そんな過ごし方をさせてしまったのは紛れもなく俺なワケで、責任を取れと言われてしまえばどうすることも出来ず。今年はなんだか埋め合わせに忙しいなあ。いや、予定があるうちが華だけど。
「でも育ちゃん、どうしてわざわざMICに俺のこと呼び出したの? 第2学食じゃなくて」
「カズへのクレームなんだからこっちのホームに来るのは当然でしょうが」
「あ、はい、スイマセン」
「それに、ここならどこぞのアナ部長サマの顔を見る心配が100%ないから。ゆっくりくつろげるよね」
「まあ、ほどほどにね。あと育ちゃん、たまにはサークルにも来てよね」
「ワールドカップの期間中に1回くらいは」
機材部長サマもワールドカップの期間中は腑抜けになってる可能性があるかもだし。そう言って育ちゃんはいつものようにケラケラと笑った。HAHAHA、なんて軽快に。
ひと月後には、また違う紙袋を携えてくるだろうか。それだけの時間を同じ場所に留まっているなんてイメージにない。ここに飛び交うどの言語を選ぶのだろう。ただ一つ、電波の届く場所でお願いしたいけど。
end.
++++
ノータッチだった育誕を拾い上げました。いつものイベントをやってもらえなくてちょっとぷんすこしてた育ちゃん。
サークルにはあまり来ない育ちゃんだけど、この時期は暗黙の了解としてミキ飲みがあるだろうと戻ってくる模様。
どうしてサークル全体に告知される無制限飲みじゃないのかって? それはアンタ、アナ部長サマとのあれこれよ。